1Իղձք 2բաղձացեալք 3ցանկալեացն 4զկամս 5նաւելոցն 6ի 7նաւահանգիստն 8հասուցանել՝ 9խնդութիւն 10է 11խաղաղութեամբ։
番号は下の「逐語分析」「構造図」の番号と対応する。
「望ましいものを切望する望み――すなわち、航海者たちの意志を港へと到達させること――は、平安のうちに喜びである。」
⚠ 11 խաղաղութեամբ の係り先は一意に確定しない。 上の試訳では「平安のうちに」と文全体にゆるくかけ、8 հասուցանել「到達させる」に限定しても、9–10 խնդութիւն է「喜びである」に限定してもいない。詳細は「構造図」「文法解説」を参照。
Iłjkʿ bałjacʿyealkʿ cʿankaleacʿn z-kams nawelocʿn i nawahangistn hasucʿanel՝ xndutʿiwn ē xałałutʿeamb.
| No. | 語形 | Romanize | 品詞・形態 | 意味 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | Իղձք | iłjkʿ | 名詞・主格複数 | 望み、願望 |
| 2 | բաղձացեալք | bałjacʿyealkʿ | բաղձալ の過去分詞・主格複数;1 Իղձք に一致 | 切望する、切望している |
| 3 | ցանկալեացն | cʿankaleacʿn | ցանկալի・与格複数・定;2 բաղձացեալք の対象 | 望ましいものどもを、切望されるものどもを |
| 4 | զկամս | z-kams | 名詞・զ を伴う対格複数 | 意志、願い、志 |
| 5 | նաւելոցն | nawelocʿn | նաւեմ の過去分詞 նաւեալ・属格複数・定;4 զկամս を属格修飾 | 航海者たちの |
| 6 | ի | i | 前置詞 | ~へ、~に |
| 7 | նաւահանգիստն | nawahangistn | նաւահանգիստ・対格単数・定;6 ի とともに8 հասուցանել の到達点 | 港、港湾 |
| 8 | հասուցանել | hasucʿanel | հասուցանեմ の不定詞 | 到達させる、至らせる |
| 9 | խնդութիւն | xndutʿiwn | 名詞・主格単数;名詞述語 | 喜び、歓喜 |
| 10 | է | ē | եմ・直説法現在・3人称単数 | ~である |
| 11 | խաղաղութեամբ | xałałutʿeamb | խաղաղութիւն・具格単数;副詞的用法 | 平安のうちに、平穏に、無事に |
※ 品詞・形態欄は、この文の読解に必要な範囲で示す。3 ցանկալեացն と 5 նաւելոցն は表面形だけでは複数の分析が成立するため、本文の統語・語彙支配と文法資料を照合して採用した分析を表示している。競合分析は「文法解説」で説明する。
AGATH.001.S01
1 Իղձք 2 բաղձացեալք 3 ցանկալեացն
4 զկամս 5 նաւելոցն 6 ի 7 նաւահանգիստն 8 հասուցանել՝
9 խնդութիւն 10 է 11 խաղաղութեամբ։
════════ 文全体の骨格 ═══════════════════════════════
[1–3 名詞句]
Իղձք բաղձացեալք ցանկալեացն
«望ましいものを切望する望み»
│
│ 同格的な内容敷衍
│ ≈
▼
[4–8 不定詞句]
զկամս նաւելոցն ի նաւահանգիստն հասուցանել
«航海者たちの意志を港へ到達させること»
│
│ 文の実質的な主語
▼
[9–10 名詞述語]
խնդութիւն է
«喜びである»
言い換えると:
(望み)
≈ 同格・敷衍
(航海者たちの意志を港へ到達させること)
└──────────────> (喜び) է
════════ 1–3 冒頭名詞句 ═══════════════════════════
[1] Իղձք
«望み»
│
└─修飾────────> [2] բաղձացեալք
«切望する»
│
└─切望の対象(DAT)
└────> [3] ցանկալեացն
«望ましいものどもを»
→ 「望ましいものを切望する望み」
════════ 4–8 不定詞句 ═════════════════════════════
[8] հասուցանել
«到達させる»
│
├─目的語────────> [4] զկամս
│ «意志・願いを»
│ │
│ └─属格修飾
│ └────> [5] նաւելոցն
│ «航海者たちの»
│
└─到達点────────> [6–7] ի նաւահանգիստն
«港へ»
→ 「航海者たちの意志を港へ到達させること」
════════ 9–10 主述関係 ════════════════════════════
[4–8 不定詞的事態]
«航海者たちの意志を港へ到達させること»
│
└─主語────────> [9] խնդութիւն
«喜び»
│
└─[10] է 3SG
«である»
※ 10 է が直接受ける主語を、複数名詞 1 Իղձք ではなく、
4–8 の「~すること」という一個の事態とみる。
════════ 11 խաղաղութեամբ — 残る局所的曖昧性 ═══════
[11] խաղաղութեամբ
«平安のうちに/平穏に/無事に»
【分析 A】
[8] հասուցանել ← [11] խաղաղութեամբ
→ 「平穏のうちに/無事に港へ到達させる」
【分析 B】
[9–10] խնդութիւն է / 文全体 ← [11] խաղաղութեամբ
→ 「平安のうちに、それは喜びである」
語形・副詞機能自体は明瞭だが、係り先を一方に限定する決定打はない。
したがってここでは局所的な曖昧性として保持する。
この一文は、作品冒頭でこれから展開される航海と港の比喩を提示する文である。
冒頭の 1–3 Իղձք բաղձացեալք ցանկալեացն は、「望み」「切望する」「望ましいもの」と意味の近い語を重ね、願望そのものを強く前景化する。ただし、その「望み」が何であるかは抽象的なままには置かれない。直後の 4–8 զկամս նաւելոցն ի նաւահանգիստն հասուցանել がその内容を具体化し、「航海者たちの意志を港へ到達させること」と言い換える。
したがって文の中心は、単に「願望は喜びである」という一般論ではない。目指していたものが目的地に達し、航海が成就することこそが喜びである、という像が作られている。
この「港」は、続く叙述を読むうえでも重要である。後続箇所では、逆巻く波、嵐を生む風、恐怖、船を操る者たちの緊張が長く描かれる。冒頭で「港への到達」が先に示されることで、その後の危険な航海全体が、目的地へ向かう過程として枠づけられる。
11 խաղաղութեամբ は、この像に「平安・平穏」の意味を加える。これを 8 հասուցանել に強く結びつければ「無事に港へ到達させる」という意味が前面に出る。9–10 խնդութիւն է または文全体に広くかければ、「平安のうちにある成就こそ喜びである」という響きになる。いずれにしても、後続する荒波と対照をなす平穏な到達という意味領域は保たれる。
このため第一文は、以後の航海描写に先立って、
願望
↓ 内容を具体化
目的地=港への到達
↓
成就=喜び
平安 ←→ 後続する嵐・荒波
という読解の枠を先に置いていると理解できる。
3 ցանկալեացն は ցանկալի「望ましい、望まれる」の複数斜格形に定冠詞 -ն が付いた形で、表面形だけでは属格と与格を区別できない。
しかし、この語を 2 բաղձացեալք「切望する」の対象とみると、与格分析がよく適合する。KOS1980 は、動作の志向先を表す「方向の与格」を取る動詞として բաղձալ を明示的に挙げ、Փափագեալ բաղձայր հայրենի հոգևոր ժառանգութեանն「父祖の霊的遺産を切望した」という例を掲げる。1)
したがってこの文では、
բաղձացեալք ← ցանկալեացն (DAT.PL.DEF) 「望ましいものを切望する」
と取ると、語形・動詞の格支配・文意が無理なく一致する。
属格分析は形態的には排除されないが、本文の局所構造を説明する点では与格分析の方が強い。
5 նաւելոցն は一見すると、նաւել + -ոց による未来分詞 նաւելոց に定冠詞 -ն が付いた形とも読める。HMB2018 は未来分詞を -ոց によって形成すると説明している。2)
しかし別の形態生成からも、同じ表面形が得られる。նաւեմ「航海する」の過去分詞は նաւեալ であり、過去分詞は曲用する。3) その複数斜格形として նաւելոց が成立し、-ն を伴えば նաւելոցն となる。
したがってここには、
A. նաւելոց-ն FUT.PTCP + 定冠詞 B. նաւեալ → նաւելոց-ն PST.PTCP.OBL.PL + 定冠詞
という真正な表面形の衝突がある。
この文では直前に 4 զկամս「意志・願いを」があり、5 を属格複数として取れば、
զկամս ← նաւելոցն (GEN.PL.DEF) 「航海者たちの意志」
という通常の名詞句構造がそのまま成立する。このため、ここでは過去分詞の複数斜格、文脈上は属格とみる分析を採る。
この例は、-ելոց という文字列を見ただけで未来分詞または不定詞の一形態に即断すると、局所構文を取り逃がしうることを示す。
文頭の 1–3 Իղձք բաղձացեալք ցանկալեացն は「望ましいものを切望する望み」という名詞句を作る。その直後の 4–8 զկամս նաւելոցն ի նաւահանգիստն հասուցանել は、その「望み」が具体的に何であるかを示す不定詞句である。
したがって両者は、単純に別々の文成分として並ぶより、
[望み] ≈ [航海者たちの意志を港へ到達させること]
という同格的・内容敷衍的な関係にあるとみると全文がまとまる。
ここで重要なのは、4–8 が単なる 1 Իղձք の修飾語ではなく、文末の 9–10 խնդութիւն է に対して「~すること」という一個の事態を提示している点である。
1 Իղձք は主格複数であるのに対し、10 է は 3人称単数である。Grabar では原則として主語と述語は数で一致し、複数主語は複数述語を取る。4)
したがって、
Իղձք (PL.NOM) ──直接──> է (3SG)
と単純に結ぶには不一致を別途説明しなければならない。
一方、4–8 の不定詞句全体を、「航海者たちの意志を港へ到達させること」という一個の事態・命題として 9–10 の主語に取れば、単数の է は自然になる。
[զկամս ... հասուցանել]
「~すること」
│
└────> խնդութիւն է
「喜びである」
このため、10 է の単数形は、前半の複数名詞を直接の主語としないという全体構造を支持する重要な手掛かりになる。
11 խաղաղութեամբ は խաղաղութիւն「平安、平穏」の具格単数であり、副詞的に「平安のうちに、平穏に、無事に」と用いられる。ここで問題になるのは語義や格ではなく、どこまでを修飾するかという scope である。
8 հասուցանել にかければ「無事に港へ到達させる」となり、9–10 խնդութիւն է または命題全体にかければ「平安のうちに、それは喜びである」となる。
両者は意味的に近接し、現段階の証拠だけでは一方に限定しにくい。このため、形態・副詞機能は確定しつつ、attachment は局所的な曖昧性として残す。
この文では、全文の理解を固定的な慣用句として処理する必要があるほど強い定型表現は認めない。
6–8 ի նաւահանգիստն հասուցանել は「港へ到達させる」という通常の到達点表現として理解できる。また 11 խաղաղութեամբ は具格の副詞的用法として「平安のうちに、平穏に」の意味を担う。