「アガタンゲロス」(Agathangelos / Ἀγαθάγγελος)の名で伝わる『アルメニア人の歴史』は、アルメニア王トルダト(ティリダテス)と啓蒙者グレゴリウスを中心に、アルメニアのキリスト教化を物語る古典アルメニア語文献である。現存するアルメニア語の主要形態は、一般に古代末期、特に5世紀後半を中心とする時期に成立したものと考えられているが、その形成過程や最終的な編集年代については研究上なお幅がある。[1]
作品が語る出来事そのものは、主として4世紀初頭のアルメニアに置かれている。王トルダト、啓蒙者グレゴリウス、殉教者フリプシメ(Hripsime)とその仲間たち、王妹ホスロヴィドゥフト(Khosrovidukht)らをめぐる物語を通して、王と宮廷の改宗、異教神殿の破壊、教会制度の成立、集団洗礼などが描かれる。アルメニアは伝統的に「最初のキリスト教国家」として語られてきたが、王の改宗や国教化の正確な年代については議論があり、伝統的年代をそのまま近代的な年代記録として扱うことには慎重さが必要である。[1][27]
アガタンゲロスという名は、ギリシア語で「良い知らせをもたらす者」といった意味をもつ。作品の序文では、著者は自らをローマ出身でギリシア語・ラテン語の教養を備え、トルダト王の命によって同時代の出来事を記録した人物として提示する。もっとも、近代以降の文献学では、この自己紹介をそのまま4世紀の目撃証言とみなす見方は採られなくなった。現在では、作品は複数の歴史的記憶、聖人伝、教理的文章、聖書的・教父的な文学表現などが重ね合わされた編纂的な著作として読むのが一般的である。[1][4]
このことは、本書の価値を低くするものではない。むしろ『アルメニア人の歴史』は、4世紀の出来事について後世のアルメニア人がどのような記憶を保持し、それを5世紀以降のキリスト教的な歴史理解の中でどのように再構成したかを考えるうえで、きわめて重要な資料である。
中世アルメニアでは、アガタンゲロスはトルダト王の時代に生き、王の改宗とグレゴリウスの活動を目撃した歴史家として受け取られてきた。5世紀末から6世紀初頭頃の歴史家パルピのラザル(Ghazar P‘arpets‘i)がアガタンゲロスの伝承に言及していることから、少なくともこの時期までには、グレゴリウスとアルメニア改宗をめぐる「アガタンゲロス」の権威がすでに成立していたと考えられる。[1]
ただし、「5世紀末に言及されている」ことと、「現在読むことのできる全テキストがそれ以前に現在形のまま完成していた」ことは同じではない。作品には複数の構成部分があり、異言語版や別系統の伝承も存在するため、成立は単一の年に置くより、段階的な形成として理解する方が適切である。
19世紀後半、アルフレート・フォン・グートシュミット(Alfred von Gutschmid)らの研究によって、作品の年代・史料性・異言語版の関係が改めて検討された。[5] その後の研究では、序文が主張する4世紀の同時代記録という自己提示と、本文に認められる5世紀的な文学・神学環境との間の隔たりが重視されるようになった。
ロバート・W・トムソンは、現存する主要なアルメニア語形態(一般に Aa と呼ばれる)を5世紀後半に置く。[1] 一方、アガタンゲロス伝承全体を見ると、各部分や各系統が同時に固定されたとは限らず、より遅い段階まで編集・再編が続いた可能性も論じられている。したがって、「450~480年頃に一人の編纂者が現在の全作品を完成させた」とまで限定するより、アルメニア文字成立後の5世紀を中心に形成され、その後も複数の伝承形態を生んだ作品群として捉えるのが安全である。
作品の成立環境には、聖書のアルメニア語訳、ギリシア語・シリア語の聖人伝や教父文献、初期アルメニア文学などが関わっていると考えられている。トムソンらは、本文中の多くの場面が聖書的・聖人伝的な表現類型に即して構成されていることを指摘している。[4][23]
『アルメニア人の歴史』は近代的な意味での年代記というより、アルメニアの改宗を、王国・教会・聖人・殉教者をめぐる一つの大きな救済史的物語として構成している。細部には複雑な層があるが、初読のためには次の四つの流れを押さえておくと理解しやすい。
物語の背景には、アルサケス朝系のアルメニア王家と、新たにイランで台頭したササン朝との対立が置かれる。ササン朝のアルダシール1世がアルサケス朝を倒した後、アルメニア王ホスローとペルシア側の対立が激化し、やがてアナク(Anak)による王殺害へとつながる。
アナク一族は処罰されるが、その幼い息子の一人は救い出され、カッパドキアのカイサリアへ送られる。彼が後のグレゴリウスである。こうして物語の冒頭から、父を殺した一族の子グレゴリウスと、殺された王の子トルダトという、和解が容易ではない二つの家系が結びつけられる。[1]
この部分を、3世紀の政治史をそのまま正確に伝える記録とみなすことには慎重であるべきだが、アルメニアとイランの関係、王家の記憶、英雄伝承的な語りが作品の背景にあることは重要である。
成人したグレゴリウスはトルダトに仕えるが、アナヒトへの供犠を拒んだことからキリスト教徒であることが明らかになり、さらに父アナクの出自も知られる。グレゴリウスは激しい拷問を受け、やがてホル・ヴィラップ(Khor Virap、「深い穴」)と呼ばれる地下牢へ投げ込まれる。
作品では、グレゴリウスはそこで長年生き延びたとされる。その間、ローマ世界から逃れてきたフリプシメ、ガヤネらキリスト教徒の女性たちがアルメニアへ到着する。王はフリプシメに惹かれるが、彼女は王の要求を拒み、仲間とともに殉教する。
この後、トルダトは人間らしい状態を失い、獣、とりわけ野猪を思わせる姿へ変容したと語られる。物語のこの部分には『ダニエル書』のネブカドネザル物語との類似が指摘されているが、アルメニア本文で「野猪」が強調されることには、後述するイラン系宗教文化との関係を読む研究もある。[4][14]
王の異常を解く契機をもたらすのが、王妹ホスロヴィドゥフトである。彼女は幻を見て、地下牢にいるグレゴリウスを呼び戻すよう進言する。グレゴリウスは解放され、殉教者たちを葬り、王と人々の治癒・悔悛・改宗へ物語が進んでゆく。
この部分をめぐっては、近年、女性の役割や「権力の中心ではない人物から改宗が始まる」という構造に注目する研究がある。Andrea Sterk らが用いる “mission from below” という枠組みは、そのような側面を見るための一つの有効な比較概念である。[9][13]
もっとも、これを作品全体の唯一の設計原理とみなす必要はない。フリプシメ、ガヤネ、ホスロヴィドゥフトらの女性人物が重要な転換点を担うことを確認したうえで、王権、聖人伝、殉教、奇跡、教会制度化といった他の主題と合わせて読む方がよい。
王の回復と改宗に続いて、グレゴリウスは教会の建設場所に関する壮大な幻視を見る。天から降った御子が大地を打ち、聖所の位置を示すというこの場面は、後世のエチミアジン(Ēǰmiacin / Etchmiadzin)の聖性を説明する物語として大きな意味をもった。
この幻視を、後世のアルメニア教会の制度的位置を正当化するための「憲章」と表現する研究もある。ただし「国家的憲章」「教会憲章」といった言葉は研究上の比喩であって、作品自身が近代的な法的文書として書かれたという意味ではない。むしろ、教会の場所・権威・起源を聖なる過去へ結びつける起源物語と考えると理解しやすい。[4]
作品はさらに、異教神殿の破壊、グレゴリウスの主教叙任、王や民衆の洗礼を描く。集団洗礼の人数などは明らかに聖人伝的・修辞的な誇張を含むため、近代人口史の数値として読むべきではないが、アルメニア全体の改宗を一挙に可視化する文学的表現としては重要である。
現存するアガタンゲロス伝承で特に目を引くのが、長大な教理的部分『聖グレゴリウスの教え』(The Teaching of Saint Gregory)である。歴史叙述の途中に、グレゴリウスが王や民衆へキリスト教信仰を説く大規模な教理説明が置かれている。[18]
この「教え」を、4世紀初頭にグレゴリウス本人が実際に行った説教の逐語記録とみなすのは難しい。そこには、聖書釈義、三位一体論、受肉論、キリスト論など、古代末期の教父神学と共有する豊富な要素が認められる。トムソンをはじめとする研究は、エルサレムのキュリロス、カッパドキア教父、シリア語圏を含む初期キリスト教文学との関係を検討してきた。[18][20]
ただし、この教理部分の成立を単純に「451年前後のある一時点」に固定するより、素材と編集に複数段階がありうることを念頭に置く方がよい。トムソンの2001年改訂版も、それまでの研究を踏まえて『教え』とアガタンゲロス諸伝承の関係を再検討している。
英語では Robert W. Thomson が1970年に The Teaching of Saint Gregory: An Early Armenian Catechism を刊行し、2001年に全面的な改訂版を出している。1976年の History of the Armenians にはこの「教え」が収録されていないため、英語で現存アルメニア語版の全体像を追う場合は両書を併用する必要がある。[18][23]
『アルメニア人の歴史』は、キリスト教化以前のアルメニア宗教についても重要な情報を伝える。もっとも、これは異教社会内部の中立的な民族誌ではなく、キリスト教化後の著者が、破壊されるべき旧宗教として描いた記録である。そのため、個々の記述を利用する際には、著者の神学的立場を考慮する必要がある。
それでも、アルメニアの宗教文化が長くイラン世界と結びついていたことは、言語・神名・祭祀・王権文化など多方面から研究されている。Nina G. Garsoïan や James R. Russell らは、アガタンゲロスに残るイラン系の要素を詳細に検討してきた。[27][28]
作品には、アラムアズド(Aramazd)、アナヒト(Anahit)、ヴァハグン(Vahagn)、ティル(Tir)、ミフル(Mihr)、アストリク(Astłik)など、キリスト教以前のアルメニアで崇拝された神々が登場する。
これらの神格には、イラン系宗教との関係が明瞭なものが多い。一方で、アガタンゲロス自身がギリシア神との対応づけを行う場合もあり、実際の古代アルメニア宗教は「純粋なゾロアスター教」対「純粋なギリシア宗教」といった単純な二分法では捉えにくい。イラン系の伝統、ヘレニズム的表現、地域的な信仰が長期にわたって交差していたと考えるのが適切である。[1][27]
神殿破壊の叙述も同様である。作者はこれを旧宗教に対するキリスト教の勝利として描くが、その文章には聖書的な偶像破壊の物語や聖人伝の語彙が重ねられている。したがって、神殿の所在地などの歴史情報と、物語がそこへ付与する神学的意味とは区別して読む必要がある。
王トルダトが獣のような姿になる場面は、アガタンゲロス研究で特に多く論じられてきた箇所である。
一方には、『ダニエル書』のネブカドネザルが人間社会から追われ、獣のように生きる物語との明らかな類似がある。[4] 他方、Garsoïan は、アガタンゲロスが「野猪」を選んだことをイラン系宗教文化との関係から読み、野猪と勝利神ウルスラグナ(Vərəθraγna)、そのアルメニア的対応とされるヴァハグンとの結びつきを指摘した。[9][27]
この解釈に従えば、王の変容は単なる「悪人が動物になった」という罰ではなく、旧来の王権・宗教象徴をキリスト教的な物語の中で反転させる場面として読むことができる。ただし、この象徴解釈を本文の唯一の意味として固定するより、聖書的な獣化のトポスと、アルメニア・イラン系の王権文化とが重なっている可能性として理解する方が穏当である。
王がグレゴリウスの働きによって人間性を回復する物語は、個人の治癒と悔悛を語ると同時に、国全体の改宗を「回復」「再生」として表現する役割も担っている。この「死と再生」の読みは、現代研究でもしばしば注目される。[14]
アガタンゲロスの大きな特徴の一つは、単一のアルメニア語本文だけで完結しないことである。ギリシア語、アラビア語、カルシュニ語(シリア文字で書かれたアラビア語)などに、互いに異なる形のグレゴリウス伝承が残っている。このため、作品の研究は早くから比較文献学の対象となった。[1]
研究では、便宜上、伝承を大きく A系統 と V系統 に分けることが多い。[1]
| 系統 | おおまかな性格 | 主な形態 |
|---|---|---|
| A系統 | 現存する標準的アルメニア語本文 Aa と、それに関連する翻訳・派生伝承 | Armenian Aa、Greek Ag、およびAgに依存するアラビア語・二次的ギリシア語・ラテン語・エチオピア語など |
| V系統 | 現存Aaとは異なる、失われたアルメニア語形態に遡ると考えられる「グレゴリウス伝(Vita)」系の伝承 | ギリシア語諸版、アラビア語 Va、カルシュニ語など |
A系統とV系統の関係は、「完成したAaからすべてが一方向に派生した」というだけでは説明できず、失われたアルメニア語形態や複数段階の改作を想定する必要がある。Gérard Garitte の研究は、この複雑な伝承を整理するうえで大きな役割を果たした。[35][36]
なお、グルジア語圏、教会スラブ語圏、エチオピア語圏にもグレゴリウスやアルメニア改宗に関連する伝承が見られるが、「アガタンゲロス全文の直接翻訳」「シナクサリオン等を通した間接的受容」「類縁する聖人伝」の区別は個別に確認する必要がある。したがって、単に「すべて同じ原文から翻訳された」とまとめない方がよい。
現存アルメニア語 Aa に対応する古いギリシア語版 Ag は、基本的にはアルメニア語からの翻訳と考えられている。[1] ただし、その正確な年代については研究史上差があり、「Aa成立後比較的早い時期」とする説明から、より遅い年代を想定するものまである。
Guy Lafontaine は1973年に La version grecque ancienne du livre arménien d’Agathange を刊行し、古代ギリシア語版の重要な批判校訂を提供した。これは近代語への「翻訳」というより、ギリシア語伝承そのものを研究するための校訂本である。[38][39]
V系統の研究では、シナイ山・聖カタリナ修道院のアラビア語写本が特に重要である。
Nikolai Marr は20世紀初頭、Sinai ar. 460 に残るアラビア語版を刊行し、ロシア語訳を付した。この写本は冒頭を欠いていたため、テキストは不完全だった。[40] その後 Aram Ter-Ghevondian が Sinai ar. 455 によって欠落していた冒頭部を確認し、V系統のアラビア語本文についての理解が進んだ。
2016年、Haroutiun S. Jamkochian は Sinai ar. 455 を基礎とするアラビア語本文の校訂とロシア語訳を刊行した。書評によれば、本文は写本に忠実な外交的転写を基本とし、Sinai ar. 460 などの異読を装置に示す構成で、Va の完全なロシア語訳を提供する。[40][41]
このような異言語版は、単に「アルメニア語原文を別の言語で読むため」の資料ではない。現存アルメニア語本文では失われた、または異なる形に再編された伝承を保存している場合があるため、作品の形成史そのものを考える材料となる。
グルジアの聖ニノ伝や『カルトリの改宗』と、アガタンゲロスの改宗物語との間には、しばしば比較が行われる。特に、外部から来たキリスト教徒の女性、王室の治癒、王の改宗といったモチーフには類似が見られる。[9][13]
ただし、「一方がそのまま他方の原型である」と断定するより、古代末期のコーカサスと東ローマ周辺で共有された宣教・聖人伝の語りの中で、相互の関係を考える方が適切である。直接のテキスト依存、共通の文学的トポス、後代の相互影響は区別して検討する必要がある。
以下では、本文を読む際に参照しやすい近代の翻訳・校訂を、性格の違いが分かるように整理する。
Agathangelus, Storia di Agatangelo: versione italiana illustrata dai monaci armeni mechitaristi, riveduta quanto allo stile da N. Tommaséo. Venezia: Tipografia Armena di S. Lazzaro, 1843.
ヴェネツィアのメヒタリストによるイタリア語版で、文体を Niccolò Tommaseo が校閲したもの。19世紀西欧における早い時期の近代語訳として重要である。『教え』を含まない形で刊行されたとされる。[1]
Victor Langlois, trans., “Agathange,” in Collection des historiens anciens et modernes de l’Arménie, vol. 1. Paris: Firmin Didot, 1867, pp. 99–194.
Langlois の大規模なアルメニア史家翻訳集に収録されたフランス語訳。現在の研究水準から見れば古いが、西欧のアルメニア史研究で長く参照された。[45]
N. Ya. Marr, “Крещение армян, грузин, абхазов и аланов святым Григорием (Арабская версия),” Записки Восточного Отделения Императорского Русского Археологического Общества 16 (1904–1905;刊行1905–06), pp. 63–211.
Sinai ar. 460 のアラビア語本文を刊行し、ロシア語訳を付した初期の重要研究。写本が冒頭を欠くため、Va 全体の訳ではない。
Robert W. Thomson, trans. and comm., The Teaching of Saint Gregory: An Early Armenian Catechism. Harvard Armenian Texts and Studies 3. Cambridge, Mass.: Harvard University Press, 1970. 206 pp. ISBN 0-674-87038-7.
その後、大幅に改訂された版が刊行された。
Robert W. Thomson, trans., comm., and intro., The Teaching of Saint Gregory. Revised ed. AVANT: Treasures of the Armenian Christian Tradition 1. New Rochelle, N.Y.: St. Nersess Armenian Seminary, 2001. 267 pp. ISBN 1-885011-01-6.
1976年の『歴史』英訳には『教え』が入っていないため、英語で読む際にはこの別巻が必要になる。[18]
Guy Lafontaine, La version grecque ancienne du livre arménien d’Agathange: édition critique. Publications de l’Institut orientaliste de Louvain 7. Louvain-la-Neuve: Université catholique de Louvain, Institut orientaliste, 1973.
これは近代語訳ではなく、古代ギリシア語版を研究するための批判校訂本である。[38][39]
Agathangelos, History of the Armenians. Translation and commentary by Robert W. Thomson. Albany: State University of New York Press, 1976. xcvii + 527 pp. ISBN 0-87395-323-1.
現存する主要アルメニア語版 Aa の英訳・注釈として現在も基本文献である。『聖グレゴリウスの教え』は収録されていない。[23][24]
Агатангелос, История Армении. Перевод с древнеармянского, вступительная статья и комментарии К. С. Тер-Давтян и С. С. Аревшатяна. Ереван: Наири, 2004. 336 с. ISBN 5-550-01379-7.
古典アルメニア語からのロシア語訳で、K. S. Ter-Davtyan と S. S. Arevshatyan による序論・注釈を備える。ロシア語圏で本文全体を参照する際の主要な現代訳の一つである。[49][50]
Арутюн С. Жамкочян, Житие св. Григория просветителя Армении по арабской синайской рукописи 455. Ереван: «Гитутюн», 2016. 320 с. ISBN 978-5-8080-1253-0.
Sinai ar. 455 を基礎とするアラビア語本文、写本ファクシミリ、ロシア語訳を含み、アルメニア語・英語の要約も備える。Va 系統を読むための重要な刊行物である。[40][41]
Robert W. Thomson, The Lives of Saint Gregory: The Armenian, Greek, Arabic, and Syriac Versions of the History Attributed to Agathangelos. Ann Arbor, Mich.: Caravan Books, 2010. 536 pp. ISBN 978-0-88206-118-4.
アガタンゲロス伝承を単一のAa版だけでなく、アルメニア語・ギリシア語・アラビア語・シリア語の複数形態として把握するうえで有用である。
アガタンゲロスの物語は、後代のアルメニアにおいて、王国のキリスト教化、啓蒙者グレゴリウス、殉教者たち、教会の起源を語る際の重要な参照枠となった。
パルピのラザル、モヴセス・ホレナツィ、後代の歴史家や聖人伝作者は、アガタンゲロス系の伝承とさまざまな仕方で関わっている。ただし、後代史家が常に同じテキストをそのまま引用したとは限らない。アガタンゲロスそのものにも複数の伝承系統があるため、「後代の著者がどの形態のグレゴリウス伝を知っていたか」という問題は個別に検討する必要がある。[1][47]
視覚文化にも、グレゴリウス、トルダト、フリプシメらの物語は繰り返し表現された。とりわけ獣的な姿の王と聖グレゴリウスを組み合わせる図像は、改宗物語を視覚化するうえで印象的な題材となった。
また、アフタマル(Ałt‘amar)島の聖十字架教会の彫刻プログラムと、初期アルメニアの聖書解釈・アガタンゲロスの『教え』との関係を論じる研究もある。[54] ただし、ここでも「ある文章が直接そのまま彫刻の設計図になった」と考えるより、アルメニア教会で共有された聖書解釈の伝統の一部として、文学と視覚表現の接点を考える方がよい。
『アルメニア人の歴史』を読む際には、「史実か伝説か」という二択だけで評価しない方が、この作品の性格を理解しやすい。
確かに、4世紀の出来事を5世紀以降の文学的・神学的枠組みで語り直しているため、近代的な意味での同時代史料とは異なる。年代の圧縮、聖書的類型、奇跡、聖人伝的誇張も多い。その一方で、王家とイラン世界との関係、キリスト教以前の神々や聖所、王国と教会の自己理解、古代末期のアルメニア語キリスト教文学が用いた比喩・聖書解釈・語彙など、多くの情報がここに保存されている。
そのため本書は、少なくとも三つの層を重ねて読むことができる。
「国家的憲章」という表現は、この第三の側面、とりわけ王国と教会の起源を権威ある過去へ結びつける働きを説明する比喩としては有用である。しかし、それだけで作品を尽くすものではない。
アガタンゲロスの面白さは、アルメニア固有の歴史記憶、イラン世界から受け継いだ文化的背景、聖書と古代キリスト教文学、王権と殉教、教会制度と民間の物語が、一つの長大なテキストの中で必ずしも整然とはせず共存しているところにある。その複雑さゆえに、同じ箇所が歴史学、宗教学、文学、言語学、写本学のそれぞれから異なる読み方を許している。
翻訳・校訂・伝承研究に関する主要な書誌を挙げる。
主要な翻訳・校訂について、オンラインで確認できる図書館・出版社・書誌データベースを挙げる。
アガタンゲロスと関連主題について、オンラインで参照できる資料を挙げる。研究論文、事典、図書情報、一般向け解説などを含む。