アガタンゲロス『アルメニア人の歴史』 §1 第三文
原文
1ուր 2բարկացայտ 3ալիքն 4լեռնաձեւ 5կուտակին, 6մէտ 7ի 8մէտ 9խոնարհին, 10ըստ 11աղեգէտն 12պատմողին 13մարմնաքնար 14Դաւթեան 15երգոյն, 16թէ 17Ելանեն 18լեռնանան, 19եւ 20իջանեն 21դաշտանան։
番号は下の「逐語分析」「構造図」の番号と対応する。
試訳
「そこでは、荒れ狂う波々が山のように盛り上がり、揺れ返しながら低く沈む――弦楽に通じた語り手、肉身を竪琴とするダビデの歌にいうとおり、『上って山となり、そして下って平地となる』のである。」
Ur barkacʿayt alikʿn leṙnajew kutakin, mēt i mēt xonarhin, əst ałegētn patmołin marmnakʿnar Dawtʿean ergoyn, tʿē Elanen leṙnanan, ew iǰanen daštanan.
| No. | 語形 | Romanize | 品詞・形態 | 意味 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | ուր | ur | 関係・場所副詞 | そこでは、そこで |
| 2 | բարկացայտ | barkacʿayt | 形容詞;3 ալիքն を前置修飾 | 荒れ狂う、激しく荒立つ |
| 3 | ալիքն | alikʿn | ալիք「波」・主格複数・定;5・9 の共有主語 | 波々が |
| 4 | լեռնաձեւ | leṙnajew | 形容詞の副詞的用法 | 山の形に、山のように |
| 5 | կուտակին | kutakin | կուտակեմ・直説法現在3人称複数;ここでは自動詞的 | 盛り上がる、積み重なる |
| 6–8 | մէտ ի մէտ | mēt i mēt | 副詞的な定型的結合 | あちらこちらへ傾き返して、揺れ返しながら |
| 9 | խոնարհին | xonarhin | խոնարհիմ・直説法現在3人称複数 | 低くなる、沈み込む |
| 10 | ըստ | əst | 前置詞;15 երգոյն の与格を支配 | ~に従って、~の言うとおり |
| 11 | աղեգէտն | ałegētn | 形容詞的用法;12 պատմողին を前置修飾 | 弦楽に通じた、弦楽の演奏に熟達した |
| 12 | պատմողին | patmołin | պատմող(-ող 分詞)の属格単数・定;14 Դաւթեան と同格 | 語る者、語り手の |
| 13 | մարմնաքնար | marmnakʿnar | մարմին「身体」+ քնար「竪琴」の複合形容詞;14 Դաւթեան を前置修飾 | 肉身を竪琴とする |
| 14 | Դաւթեան | Dawtʿean | Դաւիթ「ダビデ」・属格単数;15 երգոյն を限定 | ダビデの |
| 15 | երգոյն | ergoyn | երգ「歌」・与格単数・定;10 ըստ の補部 | 歌に、歌の言うところに |
| 16 | թէ | tʿē | 引用・内容を導く接続詞 | ~と、すなわち |
| 17 | Ելանեն | Elanen | ելանել・直説法現在3人称複数 | 上る、上がる |
| 18 | լեռնանան | leṙnanan | լեռնանալ・直説法現在3人称複数 | 山となる、山のようになる |
| 19 | եւ | ew | 接続詞 | そして |
| 20 | իջանեն | iǰanen | իջանել・直説法現在3人称複数 | 下る、降りる |
| 21 | դաշտանան | daštanan | դաշտանալ・直説法現在3人称複数 | 平地となる、平らになる |
[1] ուր
「そこでは」
│
└─前文の海面・波の場面を受ける
════════ A. 波を主語とする二つの述語 ════════════
[2–3] բարկացայտ ալիքն
「荒れ狂う波々が」 主格複数・定
│
├───────────────┐
↓ ↓
[4–5] լեռնաձեւ կուտակին [6–9] մէտ ի մէտ խոնարհին
「山のように盛り上がる」 「揺れ返しながら低く沈む」
現在3人称複数 現在3人称複数
同一主語 ալիքն を共有する対照的な上下運動
════════ B. ըստ が導く「ダビデの歌」句 ════════════
[10] ըստ
「~に従って/~にいうとおり」
│
└─[15] երգոյն 与格単数・定
「歌に」
│
└─ 所有・帰属を表す人物属格句
│
├─[12] պատմողին 属格単数・定
│ 「語り手の」
│ ↑
│ [11] աղեգէտն
│ 「弦楽に通じた」
│
║ 同格・共参照
│
└─[14] Դաւթեան 属格単数
「ダビデの」
↑
[13] մարմնաքնար
「肉身を竪琴とする」
括り:
ըստ [[[աղեգէտն պատմողին] ≈ [մարմնաքնար Դաւթեան]] երգոյն]
「弦楽に通じた語り手、肉身を竪琴とするダビデの歌に従って」
※ [12] պատմողին と [14] Դաւթեան は同一人物を指す斜格同格。
[13] մարմնաքնար は多音節前置形容詞として [14] を修飾する。
════════ C. թէ が導く直接引用 ════════════════════
[16] թէ
└─[17–21] 「Ելանեն լեռնանան, եւ իջանեն դաշտանան」
│
├─ Ելանեն լեռնանան
│ 「上って山となる」
│
└─ եւ իջանեն դաշտանան
「そして下って平地となる」
= 詩篇103:8 冒頭5語と逐語的に一致
════════ D. 本文と引用の対応 ════════════════════
լեռնաձեւ կուտակին
「山のように盛り上がる」
⇅
Ելանեն լեռնանան
「上って山となる」
մէտ ի մէտ խոնարհին
「揺れ返しながら低く沈む」
⇅
իջանեն դաշտանան
「下って平地となる」
前文では、船が「駿馬」、海が「青い野」に見立てられ、航海が騎行として描かれていた。この文では海面そのものへ視点が移り、波の上下運動がさらに大きな地形の変化として描かれる。
2–5 բարկացայտ ալիքն լեռնաձեւ կուտակին の主語は 3 ալիքն「波々」である。2 բարկացայտ は「激しく荒立つ、怒りに発したような」という意味をもち、4 լեռնաձեւ は「山の形をした、山のような」を意味する。したがって、ここで描かれているのは単に「高い波」ではなく、海面から山が立ち上がるように波が盛り上がる光景である。
続く 6–9 մէտ ի մէտ խոնարհին は、それと逆方向の運動を描く。մէտ ի մէտ は一まとまりで、反復する揺れや傾きを表す。9 խոնարհին はここでは խոնարհիմ「低くなる、身を下げる、下方へ傾く」の現在3人称複数である。
波がせり上がる → 山 波が沈み込む → 平地
この二方向の運動に続いて、作者は詩篇103:8を引用する。
Ելանեն լեռնանան եւ իջանեն դաշտանան, ի տեղի յոր հաստատեցեր զնոսա։
本文が引用するのは、その冒頭の Ելանեն լեռնանան, եւ իջանեն դաշտանան「上って山となり、そして下って平地となる」である。
この引用は、「山」「平地」という似た語を後から重ねただけではない。詩篇103:6–9では先に ջուրք「水々」が現れ、その水の運動が複数動詞によって描写されている。103:8では主語が明示されないものの、文脈上はこの「水」が引き続き、
Ելանեն լեռնանան 「上って山となり」 եւ իջանեն դաշտանան 「そして下って平地となる」
と描かれている。
したがって、アガタンゲロスの波の描写と詩篇の引用は、単に語彙が似ているだけではなく、水が上昇して山のようになり、下降して平地のようになるという運動そのもので重なっている。
前文からの比喩の展開をまとめると、次のようになる。
前文
船 = 駿馬
海 = 青い野
航行 = 騎行
この文
高まる波 = 山
低まる波 = 平地
│
└─ 詩篇103:8 が同じ上下運動を聖書の言葉で重ねる
海はもはや平らな「野」ではない。荒天によってその表面は山と平地へ絶えず姿を変える。その激しい起伏にダビデの詩篇を重ねることで、航海の危険は聖書的な水のイメージへと接続されている。
2–3 բարկացայտ ալիքն — 前置された多音節形容詞
2 բարկացայտ は形容詞で、3 ալիքն「波々」を前から修飾する。ալիքն は主格複数・定であるが、形容詞側には複数主格の語尾が現れていない。
HMB2018 §178 は、前置された多音節形容詞は通常屈折せず、後置された形容詞は屈折すると説明する。BAG1852 §726、JEN1959 §424にも同様の記述がある。
բարկացայտ ալիքն 荒れ狂う 波々(主格複数・定)
したがって、ここは通常の前置修飾として理解できる。この規則は、後半の աղեգէտն պատմողին、մարմնաքնար Դաւթեան を読む際にも重要になる。
4–5 լեռնաձեւ կուտակին — 「山のように」盛り上がる
4 լեռնաձեւ は「山の形をした、山のような」を意味し、ここでは 5 կուտակին の様態を表している。辞書には լեռնաձեւ կուտակիլ「山のように積み上がる」という結合が本箇所の用例として挙げられている。
5 կուտակին は現在3人称複数で、主語は 3 ալիքն である。
ալիքն լեռնաձեւ կուտակին 「波々が山のように盛り上がる」
この表現は、後続の詩篇引用 Ելանեն լեռնանան「上って山となる」と、語彙だけでなく運動の方向でも対応する。
6–9 մէտ ի մէտ խոնարհին — 反復表現と並列述語
9 խոնարհին は、語形だけを見れば形容詞 խոնարհ の斜格定形とも同形になりうる。しかし、この文では 3 ալիքն「波々」を主語として、
ալիքն ├─ կուտակին 「盛り上がる」 └─ խոնարհին 「低く沈む」
という二つの述語が対照的に並ぶ。さらに辞書も本箇所を խոնարհիմ の用例として引用しているため、ここでは動詞の現在3人称複数とみるのが自然である。
6–8 մէտ ի մէտ は、一語ずつ切り分けるより、一まとまりで反復する揺れや傾きを表す副詞的表現として読むとよい。全体では「揺れ返しながら低く沈む」となる。
10–15 ըստ ... երգոյն — 前置詞の支配と名詞句内部の属格
15 երգոյն は、形のうえでは属格・与格・奪格が同形である。ここでは 10 ըստ の格支配から与格と判断できる。
HMB2018 §159によれば、ըստ は与格と結び、「~に従って」「~のように」という基準・一致を表す。本文の
ըստ ... երգոյն 「……の歌に従って/歌にいうとおり」
もこの用法にあたる。
ただし、ըստ が支配するのは名詞句の中心である երգոյն「歌に」であり、その内部には属格の修飾語を含むことができる。基本的な構造は、
ըստ [Դաւթեան երգոյն] 「ダビデの歌に従って」
である。Դաւթեան は երգոյն を所有・帰属の関係で限定する属格とみられる。
11–12 աղեգէտն պատմողին — 稀語と冠詞の反復
11 աղեգէտն は稀な語である。NBHL系の辞書資料では、աղի の派生語として աղէ-գէտ が挙げられ、「演奏することを心得る者/演奏に通じた」という説明が付され、アガタンゲロスの用例が示される。աղի には楽器の「弦」の意味があるため、本箇所では「弦楽に通じた」「弦楽の演奏に熟達した」ほどの意味に理解できる。
本文は աղեգէտն、辞書の派生語表記は աղէ-գէտ であり、綴りに差がある。
ここでは աղեգէտն を、後続の պատմողին「語り手」を修飾する形容詞的用法と解する。
աղեգէտն → պատմողին 「弦楽に通じた語り手」
աղեգէտն と պատմողին の双方に定冠詞 -ն が現れるが、これも形容詞修飾を妨げない。BAG1852 §889には、修飾語と被修飾語の双方に冠詞が現れる թերահաւատն Թովմային のような例が挙げられている。前置形容詞が必ずしも中心語と表面的に同じ屈折を示さないことと合わせれば、աղեգէտն պատմողին は一つの限定句として自然に理解できる。
12 պատմողին — պատմողին と Դաւթեան の同格
12 պատմողին は պատմող「語る者、語り手」に由来する斜格単数・定形で、属格と与格が同形になりうる。
この文では、人物の称号と固有名詞が同じ斜格に立つ同格構造と考えると、全体がよくまとまる。JEN1959 §§427–429には、
սպարապետին Մուշեղի 「将軍ムシェグの/に」 թագաւորին Վարազդատայ 「王ヴァラズダトの/に」
のような例がある。
本箇所でも պատմողին「語り手」と Դաւթեան「ダビデ」は同一人物を指すとみられる。
պատմողին ≈ Դաւթեան 「語り手、すなわちダビデ」
Դաւթեան が երգոյն「歌」を限定する属格であるため、これと同格の պատմողին も属格と解するのが自然である。
アガタンゲロス自身にも、人物に複数の称号や修飾語を重ねる用例がある。たとえば §810 の մեծի մարգարէին / երանեալ մկրտչին / Յովհաննու「偉大な預言者、祝福された洗礼者ヨハネ」、§866 の մեծ արքեպիսկոպոսն / երանելին / Գրիգորիոս「偉大な大主教、祝福されたグレゴリオス」などが比較できる。
13–14 մարմնաքնար Դաւթեան — 「肉身を竪琴とするダビデ」
13 մարմնաքնար は մարմին「身体」と քնար「竪琴」からなる詩的な複合形容詞で、「肉身を竪琴とする」ほどの意味を表す。
辞書資料には別文献の用例として、
հոգիաներկ եւ մարմնաքնար երգողին
があり、մարմնաքնար が人物を表す語を形容詞的に修飾することが確認できる。
この文では、
մարմնաքնար Դաւթեան 「肉身を竪琴とするダビデ」
と読むのが自然である。HMB2018 §178によれば、多音節の前置形容詞は通常屈折しない一方、後置形容詞は屈折する。本文の մարմնաքնար は無屈折の形なので、前の պատմողին に後置するよりも、後ろの Դաւթեան を前から修飾すると考える方が形態的にもよく合う。
11–15 全体 — ダビデを二つの表現で言い換える
以上をまとめると、11–15は次のような構造になる。
[աղեգէտն պատմողին]
≈
[մարմնաքնար Դաւթեան]
↓
երգոյն
すなわち、同一人物ダビデを、
- աղեգէտն պատմողին — 「弦楽に通じた語り手」
- մարմնաքնար Դաւթեան — 「肉身を竪琴とするダビデ」
という二つの表現で重ね、その人物に帰属する երգոյն「歌」を ըստ が支配している。
16–21 թէ + 詩篇103:8の直接引用
16 թէ は後続の引用内容を導き、17–21は詩篇103:8冒頭と一致する。
Ելանեն 現在3人称複数 լեռնանան 現在3人称複数 եւ իջանեն 現在3人称複数 դաշտանան 現在3人称複数
詩篇103:6–9では先行して ջուրք「水々」が明示され、103:8の上下運動も文脈上この「水」に続く。したがって、この引用は本文の ալիքն「波々」と、語彙だけでなく水の上下運動そのものを重ねている。
մէտ ի մէտ
մէտ ի մէտ は、個々の մէտ を一語ずつ直訳するより、反復形全体で「あちらこちらへ傾く、揺れる、上下する」という動きを表す副詞的な結合として読む。辞書には本箇所が用例として挙げられている。
本文では խոնարհին と結び、
մէտ ի մէտ խոնարհին 「揺れ返しながら低く沈む」
ほどの意味になる。
լեռնաձեւ կուտակիլ
լեռնաձեւ「山のような」+ կուտակիլ「積み上がる/盛り上がる」。辞書が本箇所を用例として挙げる結合で、波が山塊のようにせり上がる像を作る。
詩篇103:8の直接引用
Ելանեն լեռնանան, եւ իջանեն դաշտանան は詩篇103:8冒頭の直接引用である。アガタンゲロスは後半の ի տեղի յոր հաստատեցեր զնոսա を引用せず、「上る/山となる」と「下る/平地となる」の対句だけを取り出している。
そのため、この引用は直前の二つの述語、
լեռնաձեւ կուտակին մէտ ի մէտ խոնարհին
を聖書の言葉でもう一度描き直すように働いている。
文法・語法・語彙資料
- BAG1852 — Arsen Bagratuni, Հայերէն քերականութիւն, 1852. とくに前置形容詞 §726、冠詞反復 §889、称号+固有名詞の例 §§1209, 1213.
- ABR1976 — A. A. Abrahamyan, Գրաբարի ձեռնարկ, 4th edition, 1976.
- JEN1959 — Hans Jensen, Altarmenische Grammatik, 1959. とくに前置形容詞 §424、同格・称号+固有名詞 §§427–429、冠詞配置 §§445, 454.
- HMB2018 — V. G. Hambardzumyan, Գրաբարի ձեռնարկ, 3rd edition, 2018. とくに -ող 分詞 §135、ըստ の格支配 §159、形容詞の位置と屈折 §178.
- NBHL / CALFA — Նոր բառգիրք Հայկազեան լեզուի および CALFA Enriched Dictionaries 所収の語彙資料。
- 古典アルメニア語詩篇 — Սաղմոս 103:6–9;直接引用箇所は 103:8.
本文
- Agathangelos, Պատմութիւն Հայոց, §1 第三文.
