アガタンゲロス『アルメニア人の歴史』 §9 第二文
原文
1նոքա 2եւ 3աշխատութեան 4կարաւտելոցն 5հանգիստ 6պատրաստեն.
試訳
「彼らはまた、労苦を必要とする者たちに、安息を備える。」
nokʿa ew ašxatutʿean karawtelocʿn hangist patrasten.
| No. | 語形 | Romanize | 品詞・形態 | 意味・機能 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | նոքա | nokʿa | 3人称代名詞・主格複数 | 「彼ら」。§9 の反復主語 |
| 2 | եւ | ew | 接続詞由来の添加辞 | 「また」。命題全体への添加 |
| 3 | աշխատութեան | ašxatutʿean | աշխատութիւն・与格単数 | 4 կարաւտելոցն の支配補部。「労苦・努力を」 |
| 4 | կարաւտելոցն | karawtelocʿn | կարաւտեալ / կարօտեալ・名詞化形容詞、与格複数+定冠詞 | 6の受益者。「必要とする者たちに/のために」 |
| 5 | հանգիստ | hangist | հանգիստ・対格単数 | 6の直接目的語。「安息、休息を」 |
| 6 | պատրաստեն | patrasten | Պատրաստեմ・直説法現在3複 | 「備える、準備する」 |
主語
[1] նոքա
「彼ら」
│
├─ ADDITIVE [2] եւ
│ 「また」
│
└─ 定動詞 [6] պատրաստեն
「備える」
├─ 目的語 [5] հանգիստ 対格単数
│ 「安息を」
└─ BENEFICIARY [4] կարաւտելոցն 与格複数
「必要とする者たちに」
└─ GOVERNED 補語 [3] աշխատութեան 与格単数
「労苦・努力を」
採用関係は 3→4、4→6、5→6、1→6。
自然な日本語訳
「彼らはまた、労苦を要する者たちのために、安息を備える。」
S002 の表現は、「労苦を必要とする者」と「安息」の意図的な対置を保つため、訳でもこの一見逆説的な組合せを平滑化しない。
S001 は、
զկարաւտս լցուցանեն երկնաւոր առատութեամբ 「欠乏する者たちを、天上の豊かさで満たす」
と述べた。
S002 も同じ նոքա եւ「彼らはまた」で始まり、
աշխատութեան կարաւտելոցն 「労苦を必要とする者たちに」 հանգիստ պատրաստեն 「安息を備える」
と続く。
ここで重要なのは、3 աշխատութիւն と5 հանգիստ が偶然並んだのではなく、Agathangelos の語彙体系の中で明瞭な対照を作ることである。
同作品 §79 では、エバによって世界へ
քրտունք եւ աշխատութիւնք 「汗と労苦」
が入ったのに対し、聖母を通して
հանգիստք եւ կեանք եւ աւրհնութիւնք 「安息と生命と祝福」
が入る、と明示的に対置される。
さらに §822 では、神が人々を
ի սնավաստակ աշխատութենէն 「むなしい労苦から」
慰め、王国において
հանգուսցէ զբեռնաւորսն զաշխատեալսն 「重荷を負い、労苦した者たちを休ませる」
と述べる。
したがって S002 の「労苦を必要とする者たちに安息を備える」は、語義上の事故ではなく、労苦 → 安息という作品内の救済的対照に一致する。
§9 内部でも、この文は次の系列の第二項をなす。
S001 կարաւտս 欠乏する者 → 天上の豊かさ S002 կարաւտելոցն 労苦を必要とする者 → 安息 S003 անկարաւտ 何ものも必要としない治療/救済 S004 薬・香・根なしの治癒
S001–S004 は、通常なら必要となる欠乏・労苦・薬剤等を、殉教者/聖なる者たちの働きが超えてゆくという漸進的な列挙として読める。
1. ''կարաւտելոցն'' — 未来分詞ではなく、語彙化した形容詞の名詞化
表面形 -ելոցն は、未来分詞 -ոց と、-եալ 系の斜格複数が衝突し得る高リスク形である。
HMB2018 §135 は未来分詞が不定詞形に -ոց を付して形成されることを記すため、入口では未来分詞候補を保持した。
しかし CALFA / NBHL は Կարօտեալ を独立した形容詞見出しとして立項し、「欠乏している、必要としている、貧しい」等を意味するとする。また կարօտելոց / կարօտելոցն が人物を指す名詞化斜格複数として用いられる多数の実例がある。
本箇所では独立した未来事態を要求する統語構造がなく、外側の պատրաստեն に対する受益者として自然に組み込まれるため、名詞化形容詞・与格複数を採用する。
2. ''աշխատութեան'' — ''կարօտ-'' に支配される与格
3 աշխատութեան は表面上、属格/与格単数が同形である。
KOS1980 は կարօտ が古典語で与格・奪格・具格等、複数の形式の補部を取り得ることを明記し、さらに կարօտել / կարօտանալ を方向の与格を取る動詞として列挙する。
例:
Կարօտէր Աստուծոյ արուեստգիտութեանն
したがって本箇所の
աշխատութեան → կարաւտելոցն
を 与格単数 governed 補語 とすることは、語彙的支配から支持される。
3. ''կարաւտելոցն'' — ''պատրաստեն'' の受益者与格
KOS1980 は利益・受益の与格を取る動詞群に պատրաստել を含める。
Agathangelos 自身の例:
... զոր պատրաստեցեր սիրելեաց քոց 「あなたが愛する者たちのために備えた…」
したがって4は6に対する受益者の与格と分析できる。
さらに KOS1980 が引く別例、
Հրամայեաց սպասաւորացն իւրոց պատրաստել ճաշ կրօնաւորացն
は、
պատրաստել + bare 目的語 + beneficiary 与格
という、本箇所の
պատրաստեն + հանգիստ + կարաւտելոցն
に非常に近い外枠を示す。
4. ''հանգիստ'' — 無標識の対格目的語
հանգիստ は主格/対格単数同形だが、定動詞 պատրաստեն の「備えるもの」に当たるため対格を採用する。
上掲の պատրաստել ճաշ կրօնաւորացն にも、直接目的語 ճաշ が զ- なしで置かれており、無標識の不定目的語+受益与格という並行構造を確認できる。
5. ''հանգիստ''+受益与格 — 同作者の直接平行
KOS1980 は利益の与格の例として Agathangelos の
Գտջիք հանգիստ անձանց ձերոց
を挙げる。
ここでも、
հանգիստ 「安息」 անձանց ձերոց 与格 「あなたがた自身に/のために」
となる。
したがって S002 の
հանգիստ կարաւտելոցն
も同じ 安息+受益者 の関係として読むのが最も強い。
6. 棄却した別解:''աշխատութեան'' → ''հանգիստ'' の属格修飾
KOS1980 には հանգիստ գիշերոյ、հանգիստ ձմերոցի のような հանգիստ + 属格 があるので、
աշխատութեան ... հանգիստ 「労苦の安息」
という構文カテゴリー自体は成立し得る。
しかし確認できる直接例は時間・場所関係であり、本箇所の抽象名詞 աշխատութիւն に同じ関係を要求する証拠は弱い。
対してには、
կարօտ-の与格支配պատրաստելの受益与格պատրաստել + bare 目的語 + beneficiary 与格の近接平行- 同作者の
հանգիստ + beneficiary 与格 - 作品内の
աշխատութիւն ↔ հանգիստ対照
が収束する。
そのためこの属格分析は文法的可能性として検討済みだが、を競合させる 能動 alternative には残さない。
PHR2020 / GHAZ2012 を対象に局所確認したが、S002 の աշխատութեան կարաւտելոցն հանգիստ պատրաստեն 全体に対応する固定的慣用句は確認できなかった。
したがって本箇所は、慣用句として一括処理せず、կարօտ- の格支配+ պատրաստել の受益与格+ հանգիստ の目的語という合成的構造として読む。
なお PHR2020 は Agathangelos の S001 型 զկարօտս լցուցանել を語結合として収録しており、§9 冒頭で կարօտ- 語彙が意図的に反復されていることとは整合する。
* Agathangelos, Պատմութիւն Հայոց, §9 S002
- Agathangelos §79 —
աշխատութիւնքとհանգիստքの救済史的対置。 - Agathangelos §822 — 労苦からの慰め、労苦した者を王国で休ませる表現。
- HMB2018 §49 — 不定詞・過去分詞等の曲用。
- HMB2018 §135 — 未来分詞
-ոցの形成。 - KOS1980 pp. 70–71 —
կարօտおよび関連動詞の複数格支配。 - KOS1980 pp. 119–123 — 動詞の与格補部、利益の与格、方向の与格;
պատրաստել、կարօտելの記述と Agathangelos 平行例。 - CALFA / NBHL
Կարօտեալ,Կարօտիմ— 語義、語彙化した形容詞、կարօտելոց(ն)用例。 - CALFA / NBHL
Աշխատութիւն— fatigue / trouble / labour / endeavour / effort 等。 - CALFA / NBHL
Հանգիստ— repose / rest / tranquillity 等。 - CALFA / NBHL
Պատրաստեմ— 「備える、準備する」。 - PHR2020 — Agathangelos の
զկարօտս լցուցանելを含む語結合資料。 - GHAZ2012 — S002 全体に対応する固定句の局所検索では直接該当なし。
