アガタンゲロス『アルメニア人の歴史』 §3 第二文
原文
1զի 2արդարեւ 3իսկ 4շատ 5այնք 6են, 7որ 8ոչ 9առ 10ագահութեան 11զանձինս 12ի 13մահ 14դնեն, 15այլ 16առ 17չգոյութեան 18աղքատութեան 19կարաւտութեան 20յետին 21տնանկութեան՝ 22շտապեալք 23առ 24վտանգի 25անկեալք 26տարակուսանաց 27վասն 28զհարկսն 29հաճելոյ, 30թերեւս 31գլխոյ 32փրկանս 33գտանել, 34ի 35պարտուց 36զանձինս 37թափել 38կարասցեն.
番号は下の「逐語分析」「構造図」の番号と対応する。
試訳
「というのも、実際、そのような者は多い。彼らが自らを死の危険にさらすのは、貪欲ゆえではなく、欠如――すなわち貧困、窮乏、極度の困窮――ゆえなのである。窮境の危難に迫られ、窮地に陥った彼らは、課された負担を果たすために、ひょっとすれば自分の身を救うための贖いを得て、負債から自らを解放することができるかもしれない。」
zi ardarew isk šat aynkʿ en, or očʿ aṙ agahutʿean zanjins i mah dnen, ayl aṙ čʿgoyutʿean ałkʿatutʿean karawtutʿean yetin tnankutʿean՝ štapealkʿ aṙ vtangi ankealkʿ tarakusanacʿ vasn zharksn hačeloy, tʿerews glxoy pʿrkans gtanel, i partucʿ zanjins tʿapʿel karascʿen.
| No. | 語形 | Romanize | 品詞・形態 | 意味 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | զի | zi | 接続詞・談話標識 | というのも、なぜなら |
| 2 | արդարեւ | ardarew | 副詞 | 実際、まことに、確かに |
| 3 | իսկ | isk | 強意小辞 | まさに、実に |
| 4 | շատ | šat | 数量語的形容詞 | 多くの、多数の |
| 5 | այնք | aynkʿ | 指示代名詞・主格複数 | そのような者たち |
| 6 | են | en | եմ・直説法現在3人称複数 | ~である、いる |
| 7 | որ | or | 関係代名詞 | ~するところの;関係節を導く |
| 8 | ոչ | očʿ | 否定辞 | ~ない |
| 9 | առ | aṙ | 前置詞;10の与格を支配 | ~ゆえに、~のために |
| 10 | ագահութեան | agahutʿean | ագահութիւն・与格単数 | 貪欲、強欲 |
| 11 | զանձինս | zanjins | անձն・対格複数;զ-付き | 自分たち自身を |
| 12 | ի | i | 前置詞 | ~へ、~に;13と ի մահ を形成 |
| 13 | մահ | mah | մահ・対格単数(主格同形) | 死 |
| 14 | դնեն | dnen | դնեմ・直説法現在3人称複数 | 置く;11–14で「自らを死の危険にさらす」 |
| 15 | այլ | ayl | 接続詞 | しかし、そうではなく;訂正を導く |
| 16 | առ | aṙ | 前置詞;17の与格を支配 | ~ゆえに、~のために |
| 17 | չգոյութեան | čʿgoyutʿean | չգոյութիւն・与格単数 | 欠如、欠乏 |
| 18 | աղքատութեան | ałkʿatutʿean | աղքատութիւն・属格単数(採用分析;与格同形) | 貧困 |
| 19 | կարաւտութեան | karawtutʿean | կարօտութիւն 系・属格単数(採用分析;与格同形) | 窮乏、欠乏 |
| 20 | յետին | yetin | 形容詞・前置修飾 | 最後の、極端な |
| 21 | տնանկութեան | tnankutʿean | տնանկութիւն・属格単数(採用分析;与格同形) | 困窮、極度の貧困 |
| 22 | շտապեալք | štapealkʿ | 過去分詞・主格複数;շտապիմ を第一分析 | 切迫し、駆り立てられて |
| 23 | առ | aṙ | 前置詞;24の与格を支配 | ~によって、~ゆえに |
| 24 | վտանգի | vtangi | վտանգ・与格単数 | 危難 |
| 25 | անկեալք | ankealkʿ | անկանիմ・過去分詞・主格複数 | 陥って、窮地に陥り |
| 26 | տարակուսանաց | tarakusanacʿ | տարակուսանք・属格複数 | 窮境、苦境の |
| 27 | վասն | vasn | 前置詞;属格支配 | ~のために |
| 28 | զհարկսն | zharksn | հարկ・対格複数・定;զ-付き | 賦課、義務、負担を |
| 29 | հաճելոյ | hačeloy | հաճել・不定詞属格単数 | 満たす、履行する、支払う |
| 30 | թերեւս | tʿerews | 副詞 | ひょっとすると、あわよくば |
| 31 | գլխոյ | glxoy | գլուխ・属格単数 | 身、本人、生命の |
| 32 | փրկանս | pʿrkans | փրկանք・対格複数 | 贖い、贖価 |
| 33 | գտանել | gtanel | 不定詞 | 得る、確保する |
| 34 | ի | i | 前置詞;35の奪格を支配 | ~から |
| 35 | պարտուց | partucʿ | պարտք・奪格複数 | 負債、借財から |
| 36 | զանձինս | zanjins | անձն・対格複数;զ-付き | 自分たち自身を |
| 37 | թափել | tʿapʿel | թափեմ・不定詞 | 解放する、救い出す |
| 38 | կարասցեն | karascʿen | կարեմ・接続法3人称複数 | ~することができるかもしれない |
[1–3] զի արդարեւ իսկ
「というのも、実際」
│
▼
[4–6] շատ այնք են
「そのような者は多い」
│
└─ 関係節 [7] որ
│
├─ 否定側
│ [8] ոչ
│ ├─ 原因 [9–10] առ ագահութեան
│ │ 「貪欲ゆえに」
│ └─ [11–14] զանձինս ի մահ դնեն
│ 「自らを死の危険にさらす」
│
└─ 訂正側 [15] այլ
「~ではなく、~である」
│
├─ 原因
│ [16] առ
│ └─ [17] չգոյութեան DAT
│ 「欠如・欠乏ゆえに」
│ ├─ [18] աղքատութեան GEN
│ │ 「貧困」
│ ├─ [19] կարաւտութեան GEN
│ │ 「窮乏・欠乏」
│ └─ [20–21] յետին տնանկութեան GEN
│ 「極度の困窮」
│
├─ 副詞的過去分詞 [22] շտապեալք
│ 「切迫し/駆り立てられて」
│ └─ 原因
│ [23] առ
│ └─ [24] վտանգի DAT
│ ← GEN [26] տարակուսանաց
│ 「窮境の危難によって」
│
├─ 副詞的過去分詞 [25] անկեալք
│ 「窮地に陥り」
│
├─ 目的 [27–29]
│ վասն [զհարկսն հաճելոյ]
│ 「課された負担を果たすために」
│
└─ [30] թերեւս
「ひょっとすると」
└─ [38] կարասցեն
「~することができるかもしれない」
├─ 不定詞補部 [33] գտանել
│ 「得る」
│ └─ OBJ [32] փրկանս
│ 「贖い」
│ ← GEN [31] գլխոյ
│ 「自分の身を救うための」
│
└─ 不定詞補部 [37] թափել
「解放する」
├─ OBJ [36] զանձինս
│ 「自分たち自身を」
└─ SOURCE [34–35] ի պարտուց
「負債から」
33 գտանել と37 թափել は、統語上はいずれも38 կարասցեն の補部である。意味上は「自分の身を救うための贖いを得る」ことから「負債から自らを解放する」ことへと連鎖する。
直前の第一文では、航海者たちは苛烈な海上の戦いのなかで「自分たちの身を救う手立て」を求め、嵐を逃れて安全な港へ到達しようとしていた。本句冒頭の զի արդարեւ իսկ「というのも、実際」は、その一動作だけに狭く理由を添えるというより、§1以来の危険な航海の描写から生じる「なぜ彼らはそこまで危険を冒すのか」という問いに答える。
中心にあるのは ոչ … այլ … の訂正的対照である。航海者たちが自らを死の危険にさらすのは「貪欲ゆえではなく、欠如――すなわち貧困、窮乏、極度の困窮――ゆえなのだ」と述べられる。
§1では航海者たちは「財をむさぼり、利益に渇く者たち」として描かれ、§2でも利益を得て帰ることが目的として示される。しかし §2 第三文では、その利益が、貧困の名を振り払い、家の者たちを徴税権力者の強制から救い、負債を支払い、王への隷属の軛から自由になるために必要であることが具体化された。本句はこの流れを受け、利益追求の外観を「貪欲」ではなく「切迫した必要」から再解釈する。
後半では、その困窮がさらに具体化される。彼らは「窮境の危難」に迫られ、窮地に陥り、課された負担を果たそうとする。そして「自分の身を救うための贖いを得る」ことと、「負債から自らを解放する」ことが、ひと続きの可能性として提示される。直前の第一文にある զապրուստ անձանց փրկութեան գտանել「自分たちの身を救う手立てを得る」と、本句の գլխոյ փրկանս գտանել「自分の身を救うための贖いを得る」は、同じ救済語彙を反復している。
後段を踏まえた再読
この箇所を初めて読む段階では、まず航海商人そのものの動機説明として読むべきである。語り手自身が王命によって歴史叙述という困難な仕事を引き受けた事情は、本文のもっと後になってから明示される。
その後段を読んだうえでここを再読すると、「自発的な欲望ではなく外的必要によって危険な航海へ押し出される商人」と、「王命によって困難な歴史叙述へ押し出される語り手」との対応が遡及的に見えてくる。ただし、この自己投影は本句だけから明示されるものではなく、後段の情報によって成立する比喩的な再読である。
զի արդարեւ իսկ — 説明を導き、確証を強める
HMB2018 §189 は զի が原因・理由を表す節を導く用法を記述する。本句では新文頭に置かれ、直前までの叙述から生じる「なぜそこまで危険を冒すのか」という問いへの説明を開始する。
արդարեւ は「実際、確かに」、իսկ はここではその確証をさらに強める。したがって試訳では「というのも、実際」とした。
ոչ ... այլ ... — 動機を訂正する対照
否定側と肯定側は、統語上はそれぞれ大きな述語群を形成する。
ոչ [առ ագահութեան զանձինս ի մահ դնեն] այլ [առ չգոյութեան ... շտապեալք ... կարասցեն]
しかし修辞上の焦点は、առ ագահութեան「貪欲ゆえに」と առ չգոյութեան …「欠如・困窮ゆえに」の対照にある。日本語ではこの焦点を明確にするため、「貪欲ゆえではなく、欠如……ゆえなのである」と受けた。
առ + 与格 — 原因・動機
BAG1852 ¶270 および HMB2018 §157 が示すように、առ + 与格は原因を表しうる。本句では、
առ ագահութեան 「貪欲ゆえに」 առ չգոյութեան 「欠如・欠乏ゆえに」
が対応する。
չգոյութեան աղքատութեան կարաւտութեան յետին տնանկութեան — 同義・類義語の累積
16 առ は17 չգոյութեան の与格単数を直接支配する。18 աղքատութեան、19 կարաւտութեան、21 տնանկութեան は属格単数として、第一名詞を同義・類義的に敷衍する分析を採る。
ABR1976 は、同義・類義の名詞を重ねる際、第一名詞が文中で要求される格を担い、後続名詞が属格で付加される型を記述する。アガタンゲロス自身にも同種の例がある。
առ
└─ չգոյութեան 「欠如・欠乏ゆえに」
├─ աղքատութեան 「貧困」
├─ կարաւտութեան 「窮乏」
└─ յետին տնանկութեան
「極度の困窮」
これらの語形は属格・与格単数が同形なので、全項を与格並列とする形式的可能性までは排除できない。ただし本文の統語と同義語累積の語法から、上の分析を第一とする。
շտապեալք / անկեալք — 同一主語を共有する副詞的過去分詞
22 շտապեալք と25 անկեալք はいずれも過去分詞・主格複数で、後続する38 կարասցեն と同じ複数主語を共有する。形態的には過去分詞、統語的には副詞的分詞用法である。
շտապեալք は շտապիմ を第一の見出し語とし、「切迫する/駆り立てられる」に近く読む。辞書上は շտապեմ 系も表面形の候補になりうるが、本句の訳と構造を変えるほどの差はない。
առ վտանգի ... տարակուսանաց — 「窮境の危難によって」
24 վտանգի は与格単数、26 տարակուսանաց はその後置属格複数限定とする。
առ [վտանգի ← տարակուսանաց] 「窮境の危難によって」
26は25 անկեալք の直接補部ではない。属格限定語が中心語から離れて置かれることは Grabar で可能であり、本句では25 անկեալք がその間に介在する。
原因句は統語上22 շտապեալք に係る。意味上は同じ危難の状況が続く25 անկեալք「窮地に陥り」にも背景として及ぶ。
վասն զհարկսն հաճելոյ — 属格不定詞による目的
JEN1959 §493 は、վասն + 属格不定詞が目的・理由を表す構文を記述する。
վասն └─ հաճելոյ └─ զհարկսն
հարկ は「税・賦課・義務・負担」、հաճեմ は「満たす・履行する・支払う」。ここでは「課された負担を果たすために」と訳した。
թերեւս ... կարասցեն — 可能性と二つの不定詞補部
30 թերեւս「ひょっとすると」は、38 կարասցեն「~できるかもしれない」を中心とする命題全体に作用する。
թերեւս └─ կարասցեն ├─ գլխոյ փրկանս գտանել └─ ի պարտուց զանձինս թափել
33 գտանել「得る」と37 թափել「解放する」は、ともに38の不定詞補部である。
գլխոյ փրկանս գտանել — 「自分の身を救うための贖いを得る」
31 գլխոյ は32 փրկանս「贖い」を限定する属格単数とする。գլուխ には「元金・資本」の語義もあるが、փրկանք が人の身・生命の贖いと強く結びつくこと、また直前の第一文に անձանց փրկութեան「自分たちの身の救い」があることから、ここでは「身・本人・生命」の意味を採る。
գլխոյ
└─ փրկանս
└─ գտանել
「自分の身を救うための贖いを得る」
ի պարտուց զանձինս թափել — 「負債から自らを解放する」
թափել は「解放する、救い出す」、զանձինս は目的語、ի պարտուց は離脱源を表す。
直後の第三文には、さらに借り入れを重ねることを表す փոխ եւս ի պարտուցն ի վերայ առեալ があり、պարտուց がここで金融的な「負債・借財」を指すことを強く支える。
թափել ├─ OBJ զանձինս └─ SOURCE ի պարտուց 「負債から自らを解放する」
- զի արդարեւ իսկ — 「というのも、実際」。理由・説明を導く զի に確証の արդարեւ իսկ が重なる。
- ոչ … այլ … — 「~ではなく、~である」。本句では動機の訂正を担う。
- զանձինս ի մահ դնել — 「自らを死の危険にさらす」。GHAZ2012 に定型表現として確認される。
- առ + 与格 — 原因・動機。「~ゆえに」。
- վասն + 属格不定詞 — 目的。「~するために」。
- թափել զանձինս ի + 奪格 — 「~から自らを解放する」。
- Agathangelos, Պատմութիւն Հայոց, §3 第一~第三文。談話上の前景として §2 第二~第四文も参照。
- HMB2018 §157, §177, §189 — առ の格支配、同一主語を共有する過去分詞と定動詞、զի による目的・原因等の従属節。
- BAG1852 ¶270, §711 — առ + 与格の原因用法、属格限定語の非隣接配置。
- ABR1976 §332, pp.391–392 — 原因を表す առ 句、同義・類義名詞の属格付加。
- JEN1959 §§465, 493 — 属格属性語の非隣接配置、վասն + 属格不定詞。
- KOS1980 Ch.1 §1.B.a — 属格補部の分離配置。
- GHAZ2012 — զանձինս ի մահ դնել ほか関連定型表現。
- CALFA / NBHL — Արդարեւ, Իսկ, Շտապիմ / Շտապեմ, Տարակոյս / Տարակուսանք, Հարկ, Հաճեմ, Գլուխ, Փրկանք, Փրկութիւն, Թափեմ, Պարտք, Աղքատութիւն, Կարօտութիւն, Տնանկութիւն 各項目。
