アガタンゲロス『アルメニア人の歴史』 §7 第一文
原文
1Վասն 2զի 3ստիպեաց 4զաղքատիմաստ 5խանութս 6մեր 7հրաման 8թագաւորաց, 9եւ 10ի 11մէնջ 12հարկ 13պահանջեալ 14զանցեալ 15իրացն 16եղելոց 17զիրս 18մատենագրել՝ 19յայտնական 20պատմութիւնք, 21որ 22առ 23մեաւք 24գործեցան։
試訳
「なぜなら、王たちの命令が、知恵に乏しいわれわれの『店々』を駆り立て、また、過ぎ去り、すでに起こった事柄を書き記すという義務がわれわれに課されたからである――すなわち、われわれの身辺で起こった、明白な物語・事績を。」
Vasn zi stipeacʿ załkʿatimast xanutʿs mer hraman tʿagaworacʿ, ew i mēnǰ hark pahanǰeal zancʿeal iracʿn ełelocʿ zirs matenagrel՝ yaytnakan patmutʿiwnkʿ, or aṙ meawkʿ gorcecʿan.
| No. | 語形 | Romanize | 品詞・形態 | 意味・機能 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | Վասն | Vasn | 2 զի と複合接続表現を形成 | Վասն զի「というのも/なぜなら」 |
| 2 | զի | zi | 接続詞 | 1 とともに理由節を導く |
| 3 | ստիպեաց | stipeacʿ | Ստիպեմ・直説法アオリスト3人称単数 | 「強いた、駆り立てた」 |
| 4 | զաղքատիմաստ | załkʿatimast | Աղքատիմաստ・前置形容詞;զ- が対格句を標示 | 「知恵に乏しい」。5 を前置修飾 |
| 5 | խանութս | xanutʿs | Խանութ・対格複数 | 3 の目的語。「店々/工房・貯蔵所」。ここでは商業比喩 |
| 6 | մեր | mer | 1人称複数所有・属格 | 「われわれの」。5 を限定 |
| 7 | հրաման | hraman | 名詞・主格単数 | 3 の主語。「命令」 |
| 8 | թագաւորաց | tʿagaworacʿ | Թագաւոր・属格複数 | 7 を限定。「王たちの」 |
| 9 | եւ | ew | 接続詞 | 第一節と [10–18] の非定形叙述を並列的に接続 |
| 10 | ի | i | 前置詞 | 11 奪格を導く |
| 11 | մէնջ | mēnǰ | 1人称複数代名詞・奪格 | 「われわれから/われわれに対して」要求される側 |
| 12 | հարկ | hark | 名詞・主格単数 | 13 の中心。「義務、必要、強制」 |
| 13 | պահանջեալ | pahanǰeal | Պահանջիմ・過去分詞、受動的用法 | 「要求されて、課されて」 |
| 14 | զանցեալ | zancʿeal | անցեալ・過去分詞由来の形容詞的用法;前置 | 「過ぎ去った/過去の」。17 を修飾する分析を採用 |
| 15 | իրացն | iracʿn | իր・属格複数+定冠詞 | 「事柄・出来事の」 |
| 16 | եղելոց | ełelocʿ | լինել・過去分詞・属格複数 | 15 に後置一致。「起こった/生じた」 |
| 17 | զիրս | zirs | իր・対格複数 | 18 の直接目的語。「事柄を、出来事を」 |
| 18 | մատենագրել | matenagrel | Մատենագրեմ・不定詞 | 12–13 の義務内容。「書き記す、記録する」 |
| 19 | յայտնական | yaytnakan | 形容詞・前置 | 20 を修飾。「明白な、明らかな」 |
| 20 | պատմութիւնք | patmutʿiwnkʿ | Պատմութիւն・主格複数 | 14–18 の内容を説明し直す後置名詞句。「物語、歴史、記録」 |
| 21 | որ | or | 関係代名詞・bare form | 20 を受け、24 の主語機能 |
| 22 | առ | aṙ | 前置詞 | 23 具格を支配 |
| 23 | մեաւք | meawkʿ | 1人称複数代名詞・具格 | առ + 具格。「われわれの身辺で/われわれの時代に」 |
| 24 | գործեցան | gorcecʿan | գործել・直説法アオリスト3人称複数・受動形 | 「行われた、起こった」 |
Վասն զի
「というのも/なぜなら」
│
├─ 節 A
│ 主語 [7–8] հրաման թագաւորաց
│ 「王たちの命令」
│ ↓
│ [3] ստիպեաց
│ 「強いた/駆り立てた」
│ ↓
│ 目的語 [4–6] զաղքատիմաստ խանութս մեր
│ 「知恵に乏しいわれわれの『店々/工房』を」
│
└─ եւ
非定形 叙述
[10–11] ի մէնջ
「われわれに/われわれから」
↓
[12] հարկ
「義務・必要」
└─[13] պահանջեալ
「課され/要求され」
└─ 内容 [18] մատենագրել
「書き記すこと」
└─ 目的語 [14–17]
զանցեալ [իրացն եղելոց] զիրս
「過ぎ去り、すでに起こった事柄を」
↓ explanatory restatement
[19–20] յայտնական պատմութիւնք
「明白な物語・事績/記録」
└─ 関係節 [21–24]
որ առ մեաւք գործեցան
「われわれの身辺/時代に起こった」
文全体は二つの叙述中心を持つ。第一は定動詞 [3]、第二は過去分詞 [13] を中心とする非定形叙述。関係節 [21–24] は独自の定動詞 [24] を持つ。
自然な日本語訳
「というのも、王たちの命令が、知恵に乏しい私たちの『店(工房)』をも動かし、私たちの身辺で実際に起こった過去の出来事を書き記す務めが、私たちに課されたからである。」
後半の յայտնական պատմութիւնք, որ առ մեաւք գործեցան は、前の「何を書き記すか」を説明し直す後置句として訳文へ織り込んだ。
§6 S005 は、著者たちが自発的な向こう見ずさからではなく、命令と強制によって「歴史の海」へ船出した、と述べた。§7 S001 は Վասն զի「というのも」で、その比喩的説明に具体的な理由を与える。
第一の理由は հրաման թագաւորաց「王たちの命令」である。その命令が著者側の աղքատիմաստ խանութս を「駆り立てた」。խանութ は文字どおりには「店・工房・倉/貯蔵所」だが、前段から続く商人・航海・取引の比喩圏に置かれている。著者は自分たちの知的・文筆的な営みを、品物を扱う「店/工房」に見立てながら、աղքատիմաստ「知恵に乏しい」と自己卑下する。
第二の理由は、過去の出来事を書き記すことが義務として課されたことである。
ի մէնջ հարկ պահանջեալ ... մատենագրել 「われわれに、……を書き記す義務が課され」
という構造を採る。ここでも §6 の հարկ「必要・強制」と同じ coercion motif が直接継続している。
14–18 は「過ぎ去った/起こった事柄」を重ねて表す。անցեալ と եղելոց は意味領域が重なるが、これを冗長として削る必要はない。前者が17 զիրս「事柄」を前置修飾し、後者が15 իրացն「出来事の」に後置一致するという二層構造を取れば、surface を保持したまま読める。
最後の
յայտնական պատմութիւնք, որ առ մեաւք գործեցան
は、前の「何を書き記すのか」を主格で言い直す説明的後置句と読む。「われわれの身辺/時代に実際に起こった、明白な物語・事績」である。これにより、著者の執筆対象は遠い伝聞だけではなく、自分たちの近くで生じた出来事だという自己位置づけが前面に出る。
1. ''Վասն զի'' — 理由を導く接続表現
Վասն զի は理由を導く複合接続表現。本箇所では §6 S005 の「命令・強制による船出」に対して、「というのも……からである」と具体的理由を提示する。
2. ''հրաման թագաւորաց ... ստիպեաց'' — 後置主語
語順は、
ստիպեաց [目的語 ...] հրաման թագաւորաց V 主語
となる。3 ստիպեաց は3人称単数で、7 հրաման 主格単数と一致する。8 թագաւորաց は属格複数で「王たちの命令」。
3. ''զաղքատիմաստ խանութս մեր'' — 前置形容詞+対格複数
խանութս は辞書パラダイム上、実例のある 対格複数。前置された多音節形容詞 աղքատիմաստ は、Grabar の通常の語順では格・数一致を表面に出さないことがあるため、単数形に見えても5の複数と衝突しない。
զ- は4に現れるが、4–6 全体が3の目的語句を形成する。
4. ''ի մէնջ հարկ պահանջեալ'' — 受動過去分詞と主格中心
պահանջեալ は 能動 Պահանջեմ と 受動 Պահանջիմ の双方に対応しうる同形である。本箇所では 受動 を採用する。
他動詞過去分詞を能動的に用いて独自主語を置く構造では属格主語が強く期待されるのに対し、12 հարկ は主格/対格単数形である。受動過去分詞なら、
հարկ 主格単数 պահանջեալ 過去分詞 「義務が要求され/課され」
が自然に成立する。
10–11 ի մէնջ は「われわれから」。日本語では受益・被要求側を自然に表すため「われわれに課された」と訳す。
5. ''... մատենագրել'' — 義務内容を表す不定詞
18 մատենագրել「書き記す、書物として記録する」は12–13の義務内容を示す。
հարկ պահանջեալ
└─ մատենագրել ...
「……を書き記すことが義務として課される」
6. ''իրացն եղելոց'' — 属格複数+後置過去分詞
Bible corpus にも իրացն եղելոց は直接平行があり、եղելոց は լինել の過去分詞・属格複数として分析される。
իրացն եղելոց 属格複数 過去分詞.属格複数 「事柄の」 「起こった」
後置修飾語が 中心語 の格・数に一致する通常の構造。
7. ''առ մեաւք'' — ''առ + 具格''
HMB2018 §157(d) は առ + 具格 に場所および時間の用法を認める。本箇所の23 մեաւք は1人称複数具格なので、
「われわれの身辺で/われわれの時代に」
と読む。
8. ''գործեցան'' — アオリスト3人称複数・受動形
独立コーパスでも գործեցան はアオリスト3人称複数・受動形として複数例確認できる。ここでは literal な「なされた」から、出来事について自然な 「起こった/生じた」へ訳す。
9. ''յայտնական պատմութիւնք'' — 格を合わせない説明的後置句
20 は主格複数であり、17 の対格複数と通常の同格一致をしない。そのため厳密な 同格 とせず、前内容を言い直す 説明的主格/後置説明 と扱う。
''Վասն զի''
理由を導く定型的接続表現。「というのも/なぜなら」。
''աղքատիմաստ խանութս մեր''
固定慣用句ではないが、խանութ「店・工房・倉」を知的・文筆的営みに転用した比喩表現。後続 §7 S003 の վաճառականութիւն բանից「ことばの商い/文章の組み立て」と同じ商業比喩圏に属する。
* Agathangelos, Պատմութիւն Հայոց, §7 S001;Phase 2 frozen target v1.0.1 / AGATH.§7.S01。
- HMB2018 §64 — 当該 §7 本文を Reading 34 として収録。
հրաման, իր等の Ի-ա 曲用の文脈。 - HMB2018 §157 —
առの複数格支配、とくにառ + 具格の場所・時間用法。 - HMB2018 §177 — 主語・述語、属格主語+過去分詞、非定形構造。
- JEN1959 / HAY2005 — 過去分詞の主語格と能動/受動的用法の判別。
- CALFA —
Աղքատիմաստ, Խանութ, Հրաման, Հարկ, Պահանջեմ / Պահանջիմ, Մատենագրեմ, Յայտնական, Պատմութիւն等。 - Grabar Bible corpus —
պահանջեալ,իրացն եղելոց,գործեցանの独立平行例(語義の一次根拠には用いない)。
