アガタンゲロス『アルメニア人の歴史』 §7 第三文
原文
1Եւ 2մեր 3զայս 4ջան 5յանձին 6կալեալ, 7անկեալ 8ի 9վաճառականութիւն 10բանից, 11առեալ 12զահ 13երկիւղի, 14եւ 15տուեալ 16զգեղեցկադիր 17յարմարումն 18պատմութեան։
試訳
「そしてわれわれは、この努力を自らに引き受け、ことばの『商い』に入り、恐懼の念を抱き、また歴史叙述の整然たる構成を与えた。」
Ew mer zays ǰan yanjin kaleal, ankeal i vačaṙakanutʿiwn banicʿ, aṙeal zah erkiwłi, ew tueal zgełecʿkadir yarmarumn patmutʿean.
| No. | 語形 | Romanize | 品詞・形態 | 意味・機能 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | Եւ | Ew | 接続詞 | 「そして」。S002 の著者1複叙述を継続 |
| 2 | մեր | mer | 1人称複数代名詞・属格 | 4つの迂言完了述語に共有される主体。6・11・15では属格動作主、7では属格主語として解釈 |
| 3 | զայս | zays | 指示代名詞・対格単数 | 4を限定。「この」 |
| 4 | ջան | ǰan | 名詞・対格単数 | 5–6と慣用を形成。「努力、尽力」 |
| 5 | յանձին | yanjin | ի + անձն、慣用句内部の斜格形 | 「自らに/身に」 |
| 6 | կալեալ | kaleal | 過去分詞 | 無コピュラ型迂言完了の主動詞。ջան յանձին կալեալ「努力を身に引き受けて」 |
| 7 | անկեալ | ankeal | անկանիլ / անկանիմ・過去分詞 | 無コピュラ型迂言完了の自動詞主動詞。8–10を伴う。「入り、身を投じ」 |
| 8 | ի | i | 前置詞 | 9対格を導き方向・移行を表す |
| 9 | վաճառականութիւն | vačaṙakanutʿiwn | 名詞・対格単数 | 8とともに「商いへ」。ここでは比喩的に文章構成 |
| 10 | բանից | banicʿ | բան・属格複数 | 9を限定。「ことば・言説の」 |
| 11 | առեալ | aṙeal | առնուլ・過去分詞 | 無コピュラ型迂言完了の他動詞主動詞。12を目的語に取る。「取って、抱いて」 |
| 12 | զահ | zah | ահ・対格単数 | 11の目的語。「恐れを」 |
| 13 | երկիւղի | erkiwłi | երկիւղ・属格単数 | 12を意味的に強める。「恐懼の」 |
| 14 | եւ | ew | 接続詞 | 最終分詞15を先行分詞列に加える |
| 15 | տուեալ | tueal | տալ・過去分詞 | 無コピュラ型迂言完了の他動詞主動詞。16–18を目的語とする。「与え、形づくり」 |
| 16 | զգեղեցկադիր | zgełecʿkadir | գեղեցկադիր・形容詞、前置修飾;զ- が目的語句を標示 | 「よく整えられた、美しく配置された」 |
| 17 | յարմարումն | yarmarumn | 名詞・対格単数 | 15の目的語 中心語。「構成、調和、整え」 |
| 18 | պատմութեան | patmutʿean | պատմութիւն・属格単数 | 17を限定。「歴史叙述の」 |
Եւ
│
└─ SHARED GENITIVE 主語 / AGENT
[2] մեր
「われわれが」
│
├─ PERFECT-1 [3–6]
│ զայս ջան յանձին կալեալ
│ 「この努力を身に引き受けた」
│
├─ PERFECT-2 [7–10]
│ անկեալ ի վաճառականութիւն բանից
│ 「ことばの『商い』に入った」
│ ※ 自動詞完了+属格主語(非標準型/協調共有)
│
├─ PERFECT-3 [11–13]
│ առեալ զահ երկիւղի
│ 「恐懼の念を抱いた」
│
└─ եւ PERFECT-4 [15–18]
տուեալ
զ[գեղեցկադիր յարմարումն պատմութեան]
「歴史叙述の整然たる構成を与えた」
overt copula: Ø
形態: 4 × 過去分詞
construction: 無コピュラ型の迂言完了述語列
MEY2023 の分析では、過去分詞がコピュラを伴う場合だけでなく、節内唯一の動詞である場合、または他の主動詞と協調される場合にも 主節 verb として分類される。したがって本箇所の4分詞は副詞的な従属分詞ではなく、完了の主動詞列と読む。
ここで Ø は「必ず存在するコピュラが個々に削除された」という意味ではない。5世紀前半の Agathangelos では完了のコピュラはまだ任意性が高く、無コピュラ型自体が通常の実現として残っている。
自然な日本語訳
「そして私たちは、この務めを引き受け、言葉の『商い』――すなわち文章を組み立てる営み――に身を投じ、畏れを抱きながら、歴史叙述を整然と形づくった。」
この訳では日本語として自然な叙述過去を用いたが、文法上は後述のとおり 無コピュラ型の迂言完了として分析する。完了の形式的区別を日本語の「~している/~してしまった」へ機械的に写さない。
S002 は「自発的に始めたのではないが、後世のため、力の及ぶかぎり命令に従って語ろう」と閉じた。S003 はその1人称複数主体を մեր 属格で受け、その決意がすでに実行へ移された状態を、4つの完了述語を重ねて描く。
冒頭の
զայս ջան յանձին կալեալ
は、GHAZ2012 が ՋԱՆ ՅԱՆՁԻՆ ՈՒՆԵԼ の見出しで本箇所を直接引用する定型的結合。「努力を身に帯びる」ではなく、「この努力を引き受けた/力を尽くす立場に入った」。
続く
անկեալ ի վաճառականութիւն բանից
について、HMB2018 は本箇所に直接注を付け、վաճառականութիւն բանից を 比喩的に「ことば/文章の構成」と説明する。文字どおりには「ことばの商いへ入った」。S001 の խանութ「店・工房」から続く商業比喩がここで明示化し、次の S004 の ի վաճառ մատուսցուք「売りに出そう/市場へ差し出そう」へつながる。
11–13
առեալ զահ երկիւղի
は ահ と երկիւղ という同じ「恐れ・畏怖」領域の語を重ね、恐懼の念を強める表現と読む。王命への恐怖だけに限定せず、重大な歴史叙述を引き受ける際の畏れ・緊張として保持する。
最後の
տուեալ զգեղեցկադիր յարմարումն պատմութեան
は「歴史叙述の、よく整えられた構成を与えた」。CALFA は գեղեցկադիր յարմարումն պատմութեան そのものを語結合例として掲げるため、18 պատմութեան は与格 recipient より 属格を優先する。
この文の構文的な核心は、4つの -եալ 形を単なる「定動詞の代用品」として扱うことではない。MEY2023 §5.2.2 は、-եալ 分詞が コピュラを伴う、他の主動詞と協調される、または節内で唯一の動詞である場合に 主節 verb と分類する。そして §5.3.2 では、それらを「真正の」迂言完了として扱う。
S003 はまさにこの条件に合い、
մեր + կալեալ / անկեալ / առեալ / տուեալ + Ø copula
という 無コピュラ型の迂言完了述語列と読むのが最も具体的である。
また、6・11・15 の他動詞完了では、մեր 属格+対格目的語という配列が MEY2023 の標準的 transitive perfect(type γ)に一致する。7 անկեալ は自動詞なので属格主語は非標準だが、Meyer は自動詞完了にも属格主語の実例を認め、さらに協調動詞間では、共有主体が後続述語に要求される格と一致しなくても省略・共有されうると論じる。したがって、անկեալ のために文全体を完了分析から外す必要はない。
Agathangelos では、MEY2023 Table 5.4 によれば、完了主動詞全体でコピュラを伴うのは 52.0%、他動詞完了では 28.9%。さらに Meyer は、初期資料では完了の多数がなおコピュラなしで現れると述べる。したがって本箇所の無コピュラ性は例外的な欠落ではなく、時代的に自然な実現である。
1. S003 は無コピュラ型の迂言完了
MEY2023 §5.2.2 は -եալ 分詞を 主節 verb と判定する条件として、
- コピュラを伴う場合
- 他の主動詞と接続詞で協調される場合
- 節内で唯一の動詞である場合
を挙げる。
S003 では定動詞も明示的コピュラもなく、4つの過去分詞が並列して文全体の叙述を担う。したがって副詞的分詞列ではなく、MEY2023 §5.3.2 の 真正の迂言完了に属する 主節-verb participles と分析する。
մեր ├─ կալեալ ├─ անկեալ ├─ առեալ └─ տուեալ copula: Ø
ここで Ø は、各分詞の後ろに է / եմք 等を機械的に復元するという意味ではない。MEY2023 p.150 が示すように、5世紀初頭の完了では copula-less realization 自体がまだ多数派であり、コピュラ使用は発達途上にあった。
2. ''մեր'' — 完了構文の共有属格主体
6 կալեալ、11 առեալ、15 տուեալ は他動詞的で、それぞれ対格目的語を伴う。ここでは、
A = մեր(属格) O = 対格 V = -եալ 過去分詞 COP = Ø
という MEY2023 の transitive perfect type γ にきれいに一致する。
7 անկեալ は自動詞であり、標準型なら主格主語が期待される。しかし MEY2023 は自動詞完了にも属格主語をもつ非標準型を記録する。さらに p.146 では、協調された動詞では、主語/動作主が後続動詞に適切な格でなくても、文法機能に基づく conjunction reduction によって共有されうると説明する。
したがって S003 では մեր を4述語全体の共有主体として保つ。
3. ''ջան յանձին կալեալ''
ջան յանձին ունենալ / կալ は「努力する、努力を引き受ける」の定型結合。本箇所では3 զայս が S002 の「後世へ残すための努力」を指し戻す。
完了述語としては「この努力を引き受けた/引き受けている状態にある」という結果性を帯びる。
4. ''անկեալ ի + 対格''
HMB2018 §156 は ի + 対格 に移動・方向の用法を認める。
անկեալ ի վաճառականութիւն 「商いへ入った/商いに身を投じた」
ここでは空間移動ではなく、活動領域へ入ったという比喩的な到達を表す。
5. ''վաճառականութիւն բանից''
HMB2018 §64 の本箇所注は、
Վաճառականութիւն բանից — 比喩的に「ことば・文章の構成」
と明示する。
商業語彙を削って単に「執筆」と訳すと、S001–S004 に連続する比喩が失われるため、本文読解では「ことばの商い」を残す。
6. ''առեալ զահ երկիւղի''
11 առեալ は完了の主動詞となる過去分詞、12 զահ は対格目的語。13 երկիւղի を属格限定と採る。
զահ երկիւղի 「恐懼の恐れ」→「強い畏れ/恐懼の念」
近義語を重ねる意味強化として読む。
7. ''տուեալ զգեղեցկադիր յարմարումն պատմութեան''
15 տուեալ の直接目的語は16–18全体。
զ[գեղեցկադիր յարմարումն պատմութեան] 「歴史叙述の、よく整えられた構成を」
18 պատմութեան は形態上与格も考えられるが、CALFA が գեղեցկադիր յարմարումն պատմութեան をまとまった語結合として直接掲げるため、属格限定を採用する。
8. Agathangelos におけるコピュラの任意性
MEY2023 Table 5.4 では Agathangelos の完了主動詞について、
- 全完了主動詞で copula あり:52.0%
- 他動詞完了で copula あり:28.9%
とされる。
Meyer は p.150 で、初期資料では完了の多数がなおコピュラなしで現れ、完了におけるコピュラ使用は5世紀初頭には発達途上だったと解釈する。
したがって S003 のような 過去分詞+Ø は、「必要なコピュラが異常に欠落した文」ではなく、Agathangelos の時代に普通に可能な完了実現である。
* ջան յանձին ունենալ / կալ — 「努力する、力を尽くす、努力を引き受ける」。GHAZ2012 が本箇所を直接引用。
վաճառականութիւն բանից— HMB2018 が本箇所で「比喩的に文章・ことばの構成」と注記。զահ երկիւղի— 固定慣用句とまではしない。近義語重畳による恐れ・畏怖の強化として読む。
* Agathangelos, Պատմութիւն Հայոց, §7 S003;Phase 2 frozen target v1.0.1 / AGATH.§7.S03。
- HMB2018 §64 — Reading 34 として当該本文を収録し、
վաճառականութիւն բանիցに直接語注。 - HMB2018 §156 —
ի + 対格の方向・移行用法。 - HMB2018 §177 — 属格主語+過去分詞。
- MEY2023 §5.2.2, §5.3.2, pp.133, 138–150 — -եալ 分詞の main-verb 判定、「真正の」迂言完了、属格動作主、協調動詞での主語共有、copula 使用と通時変化。Table 5.4(p.149)では Agathangelos の copula 出現率を全完了主動詞52.0%、他動詞完了28.9%とする。
- GHAZ2012 —
ՋԱՆ ՅԱՆՁԻՆ ՈՒՆԵԼ。本箇所を直接引用。 - CALFA —
Վաճառականութիւն,Ահ,Երկիւղ,Գեղեցկադիր,Յարմարումն,Ջան等。 - Grabar Bible corpus —
կալեալ,անկեալ,առեալ,տուեալの過去分詞形の独立平行確認。
