アガタンゲロス『アルメニア人の歴史』 §4 第一文
原文
1Զի 2բազումք 3այն 4են, 5որ 6առ 7այսպիսի 8աղէտս 9տարակուսանաց 10ի 11վաճառականութեան 12արուեստս 13տուայտանաւք 14անկանել 15յաւժարեն։
番号は下の「逐語分析」「構造図」の番号と対応する。
試訳
「というのも、このような窮境の災いに迫られて、苦難を伴いながら商いの営みに身を投じようとする者は多い。」
Zi bazumkʿ ayn en, or aṙ ayspisi ałēts tarakusanacʿ i vačaṙakanutʿean aruests tuaytanawkʿ ankanel yawžaren.
| No. | 語形 | Romanize | 品詞・形態(初期分析) | 意味・機能 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | Զի | zi | 接続詞・談話標識 | というのも、なぜなら。直前の叙述を説明する |
| 2 | բազումք | bazumkʿ | բազում・主格複数;名詞的用法 | 多くの者たち;主節の名詞的 head |
| 3 | այն | ayn | 後置指示詞 | 2 բազումք を後置修飾。「そのような」。複数 head に短形 այն が続く不一致は BAG1852 に平行例あり |
| 4 | են | en | եմ・直説法現在3人称複数 | ~である、いる |
| 5 | որ | or | 関係詞・節導入標識 | [2–3] բազումք այն を先行詞として関係節を導く |
| 6 | առ | aṙ | 前置詞 | 8 աղէտս(対格複数)を支配;原因・契機。「~に迫られて/~ゆえに」 |
| 7 | այսպիսի | ayspisi | 指示形容詞的語・前置修飾 | このような |
| 8 | աղէտս | ałēts | աղէտ・対格複数 | 災い、災厄、危難 |
| 9 | տարակուսանաց | tarakusanacʿ | տարակուսանք・属格複数 | 窮境・困惑・行き詰まりの。8 աղէտս を限定 |
| 10 | ի | i | 前置詞 | 12 արուեստս(対格複数)を支配;到達先/参入先 |
| 11 | վաճառականութեան | vačaṙakanutʿean | վաճառականութիւն・属格単数 | 商業、交易の |
| 12 | արուեստս | aruests | արուեստ・対格複数 | 技、営み、業。10とともに「商業の営みへ」 |
| 13 | տուայտանաւք | tuaytanawkʿ | տուայտանք・具格複数(後代綴字 տուայտանօք) | 様態的副詞成分。「苦難を伴って/苦難のうちに」;14 անկանել を直接修飾 |
| 14 | անկանել | ankanel | անկանել・不定詞 | 落ちる、入る、身を置く |
| 15 | յաւժարեն | yawžaren | յօժարիմ・直説法現在3人称複数 | 進んでする、~する気になる、望む |
初期的に強い関係
11 վաճառականութեան 属格
↓
12 արուեստս 対格複数
↑
10 ի
したがって、
ի վաճառականութեան արուեստս 「商業の営みへ/商いの業へ」
を14 անկանել の方向・到達先を表す句とする。
また、
15 յաւժարեն
└─ 14 անկանել
└─ 10–12 ի վաճառականութեան արուեստս
すなわち「商業の営みへ入ることを進んで行う/望む」を関係節の中心構造とする。
[1] Զի
「というのも」
│
▼
MAIN
[2] բազումք ←後置指示 [3] այն ── [4] են
「そのような者は多い」
│
└─ 関係節 [5] որ
│
├─ [6–9]
│ առ այսպիսի աղէտս տարակուսանաց
│ 「このような窮境の災いに迫られて」
│ 原因/動機
│
└─ [15] յաւժարեն
「進んで~する/~する気になる」
│
└─ 不定詞 [14] անկանել
「入る/身を投じる」
│
├─ GOAL [10–12]
│ ի վաճառականութեան արուեստս
│ 「商業の営みへ」
│
└─ 様態 [13] տուայտանաւք
具格複数
「苦難を伴って」
直前の §3 は、危険な航海へ身を投じる商人について、その動機を「貪欲」ではなく、貧困・負債・課された負担から逃れるための切迫した必要として描いていた。
§4 第一文は、その議論をいったん一般化してまとめ直す文と読むことができる。
§3 困窮・負債 ↓ 危険を冒して航海する ↓ 利益を得ようとする §4 S001 「こうした窮境を前に、 商業の営みそのものへ身を投じる者は多い」
したがって、この文の「多くの者」は一般的な商人全体というより、まず直前で描かれた 必要に迫られて危険な商業活動へ入る者たち を受けている可能性が高い。
後続 §7 では、歴史家自身が
անկեալ ի վաճառականութիւն բանից 「言葉の交易という営みへ入って」
と述べる。これは §4 の
ի վաճառականութեան արուեստս ... անկանել 「商業の営みへ入る」
を、歴史叙述という自らの営みへ折り返す非常に近い語彙・構文上の呼応である。
したがって §4 S001 は第一次的には実際の商人について述べる文だが、§7 に至ると、危険と苦難を伴う交易への参入が、歴史家自身の「言葉の交易」への参入を準備する比喩的モデルだったことが遡及的に明瞭になる。この自己投影は §4 単独の文法的意味ではなく、後続文脈によって成立する文学的再読として区別して扱う。
զի ... — 前段を受けた説明
文頭の զի は、直前までの商人の窮境について説明・理由を補う談話標識として読む。
ここでは単独の狭い原因節というより、
「なぜ人はそのような危険な商業活動へ入るのか」
↓
զի բազումք ...
「というのも、そのような者は多いのである」
という前段との説明関係を第一に見る。
առ այսպիսի աղէտս տարակուսանաց — 原因・契機
8 աղէտս は対格複数で、6 առ の支配項。9 տարակուսանաց は տարակուսանք の属格複数として8を限定する。
առ
└─ այսպիսի աղէտս 対格複数
└─ տարակուսանաց 属格複数
「このような窮境の災厄ゆえに/これに迫られて」
HMB2018 §157 は առ + 対格 に原因用法を明記し、առ չհանդուրժել … を例示する。ABR1976 §333.7 は名詞を伴う առ ցաւս ճչել「痛みのため叫ぶ」、առ նախանձ、առ սէր 等を原因用法として扱う。KOS1980 も առ ցաս …, առ սէրն …, առ սէր քոյոյ տէրութեանդ … など、抽象名詞が後続述語の動機・原因となる առ + 対格 をまとめている。
一方、ABE1936 §210 には Անկաւ առ ծունկս նորա「彼の膝もとへ倒れた」があり、անկանել + առ + 対格 の方向解そのものは文法的に可能である。したがって本箇所についても、
առ այսպիսի աղէտս ... անկանել 「こうした災厄へ陥る」
という第三候補を検討した。
しかし14 անկանել にはすでに10–12 ի վաճառականութեան արուեստս があり、HMB2018 §156 の ի + 対格 方向用法、および本文外の用例の անկանել ի ձեռս, անկանել ի գեհեն, ի թիւ անկանել と同じく、これを 「商業の営みへ入る」 という到達・移行先と読むのが自然である。ի + 対格 には領域・限定用法も存在するため第三候補は形式上不可能ではないが、ここでそれを採ると、より典型的な անկանել + ի + 対格 の方向構造を捨てて、առ + 対格 に第二の方向解を担わせる必要が生じる。
さらに直前 §3 S002 は、
ոչ առ ագահութեան ... այլ առ չգոյութեան ... 「貪欲のためではなく、欠乏のために」
と商人の行為を原因・動機の対照で説明する。§5 の ի բռնութենէ են հարկեալք、§6 の հարկ վտանգի … ստիպեալ զմեզ も、後続文脈で「必要・強制によって危険な営みへ押し出される」という主題を明示する。
以上から6–9は、14だけの方向補部ではなく、
原因/動機
առ այսպիսի աղէտս տարակուսանաց
↓
յաւժարեն
└─ անկանել
└─ ի վաճառականութեան արուեստս
という関係を採る。
訳語は 「このような窮境の災厄に迫られて」 を採用する。「~を前にして」は日本語としては可能だが、文法分析上の原因性を弱めるため採用訳にはしない。
ի վաճառականութեան արուեստս — 活動領域への参入(到達先/参入先)
12 արուեստս を対格複数、11 վաճառականութեան をその属格限定とする。
ի
└─ արուեստս 対格複数
└─ վաճառականութեան 属格単数
HMB2018 §156 は ի + 対格 に方向用法と複数での ներգոյական(領域・内部)用法の双方を認めるため、格形だけでは決めない。ここでは述語 անկանել の変化・移行意味、同作者 §7 の անկեալ ի վաճառականութիւն բանից「言葉の交易という営みへ入って」、§840 の ածել յարուեստ դպրութեան「学問の営みへ導き入れる」が、活動・職業領域を 参入先 とする読みを強く支持する。
また HMB2018 §154 により、前置詞は支配名詞に属格修飾語がある場合、その修飾語の前に置かれ得る。したがって本文の
ի վաճառականութեան արուեստս
は、10 ի が11ではなく名詞句全体を導き、head 12 արուեստս(対格複数)を支配する正常な語順である。
したがって、
「商業の営みへ入る/商いの業へ身を投じる」
を採用する。
տուայտանաւք — 具格複数・様態的副詞成分
NBHL / CALFA の見出しは、
Տուայտանք, նաց
であり、属格複数 տուայտանաց から斜格語幹 տուայտան- が確認できる。A 系複数具格の -աւք を加えると、
տուայտան- + աւք → տուայտանաւք
となる。
HMB2018 §74 は複数具格について ձեռաւք (օք) と明記し、古い綴字 -աւք と -օք の対応を直接示す。CALFA にも同一語の տուայտանօք が独立に実在し、
Հոսմամբ արտասուացն, տուայտանօք տխրութեան դիմացն եւ ես պաղատիմ։
のように述語 պաղատիմ に様態・付帯状況を加える。
JEN1959 §482 は具格が道具・手段だけでなく、様態などの副詞的関係を表すことを体系的に記述する。したがって本文の13は「道具としての苦難」ではなく、
「苦難を伴って/苦難のうちに」
という様態的具格とする。
構造上の直接付着先は、語順と語義から14 անկանել とする。
[14] անկանել
「入る/身を投じる」
├─ GOAL [10–12] ի վաճառականութեան արուեստս
└─ 様態 [13] տուայտանաւք
「苦難を伴って」
15 յաւժարեն は14の不定詞命題を補部に取るため、意味上は13の様態が複合述語全体にも波及する。しかしこれは 13を15へ直接付ける別構造を意味しない。
յաւժարեն
└─ [անկանել ... տուայտանաւք]
「苦難を伴って商業の営みへ入ることを望む」
と解析する。
PHR2020 / GHAZ2012 では տուայտ- を含む固定慣用は確認されず、տուայտանաւք անկանել を lexicalized idiom とみなす根拠はない。
անկանել յաւժարեն — 不定詞+「進んで~する」
15 յաւժարեն は CALFA の Յօժարիմ, եցայ に属する現在3人称複数で、辞書・独立用例の յօժարեն と対応する。「望む、進んでする、~する気になる」。Յօժարեմ 系は他動的「~するよう仕向ける」用例が中心なので、本箇所の第一 lemma には採らない。
本文外の用例にも、
ոչ յօժարեն ձեռք նորա գործել ինչ 「その手は何かをすることを望まない」 (箴言21:25)
のような յօժարեն + 不定詞 型が確認できる。
したがって、
անկանել յաւժարեն 「入ることを望む」 「進んで身を投じる」
を第一分析とする。
現段階で、文全体を左右する lexicalized idiom は確認していない。
- յաւժարեն + infinitive — lemma յօժարիմ。「進んで~する/~する気になる」という補文構造として扱う。
- ի … արուեստս անկանել — 現時点では自由な統語結合として扱い、慣用表現とは認定しない。
- տուայտանաւք — տուայտանք の具格複数。「苦難を伴って/苦難のうちに」という様態的副詞成分。14 անկանել を修飾する。固定慣用とは認定しない。
- BAG1852 / ABE1936 / ABR1976 / HMB2018 / JEN1959 / KOS1980 — առ・ի の格支配、後置指示詞の一致/不一致、具格副詞用法、不定詞補文。
- NBHL / CALFA — Տարակուսանք, Տուայտանք, Վաճառականութիւն, Յօժարիմ / Յօժարեմ 関連項目。
- 箴言21:25 — յօժարեն … գործել の独立した構文平行例。
